イベントへの便乗商法の是非は?(法的解釈編)
⇒全面NGは誤解。使い方に気をつければ問題なし
オリンピックやワールドカップにかこつけたキャンペーンや、広告でこれらイベントに言及することはできないといわれることがある。ともすれば一般向けの著作権等の解説書でもそのように書かれているが、不正確である。
してはいけないのは、著作権で保護されるエンブレムやマスコットなどの無断利用で、これは著作権侵害になる(ただし五輪マークの著作権の保護期間は満了している)。それから商標登録されているエンブレムやマスコット、「オリンピック」などの大会名を「商標として使用」すれば商標権侵害になり、また不正競争防止法違反にもなり得る。
だが、この「商標としての使用」が認定される場面は限定的である。「商標としての使用」とは、その商標の表示により「商標を付した商品等が、ある特定の事業体を出所(販売者やスポンサーなど)とするものだ」と消費者等に認識させる態様での使用である。商標権侵害とは、商標の無断使用によってその認識を誤らせるおそれを生じさせることをいう。
つまり、例えば事実に反して「オリンピックの公式ドリンクです」「FIFAワールドカップ公認キャンペーン」などと広告したり、五輪マークなどを自社商品に対する公認マークのように見える形で使用すれば、大会主催者が関与した公式商品といった誤認が生じるおそれがあるため、商標権侵害や不正競争防止法違反となり得る。
一方、例えば飲食店や小売店がよく行う「ワールドカップで日本が勝ったら半額サービス」「オリンピック開幕記念キャンペーン開催」などの広告であれば話は別だ。「ワールドカップで日本が勝ったら」「オリンピック開幕記念」は、それ自体は一見して事業とは無関係の社会的現象や事実の説明であり、飲食店が大会自体に商業的関与をしているとの誤解を招くおそれは通常ない。そうであれば、違法性もないのである。ましてや「オリンピック」などの商標を用いない「日本人選手がメダルを取ったら1杯無料キャンペーン」「日本代表選手を応援しよう!」といったキャンペーンやキャッチフレーズでは、違法にはなりようがないのだ。
一方、IOCやFIFAなどのスポーツイベントの主催者は、このような合法なキャンペーン活動でも嫌気しており、控えるよう要望しているという事実もある。これをどう受け止めるかという問題は、次項で解説しよう。
イベントへの便乗商法の是非は?(クレーム対策編)
⇒クレームは「お願いベース」。規制緩和の傾向も
オリンピックやワールドカップなどのスポーツイベントの盛り上がりに乗じて、イベントへの関連付けを意識したキャンペーン活動などは「アンブッシュマーケティング」と呼ばれている。これは商標権侵害等にあたらなければ合法だが、それでもイベント主催者は嫌気している事実がある。
その背景には、スポーツイベントの収入はスポンサー料に依存しているという事業構造上の問題がある。大会主催者は、多額かつ依存度の高い収益源であるスポンサー料の見返りとしてスポンサーへ与える便益を最大化するため、大会に関連付けたキャンペーンの実施を「独占許諾」するというビジネスモデルを採用しているのだ。
しかし、前項の通りわざわざ許諾をもらわなくてもこうしたキャンペーンは合法に実施できるため、「独占許諾」のビジネスモデルは本来成立しない。この矛盾を解消するために、大会主催者には第三者のアンブッシュマーケティングをムリヤリにでも規制する動機があるのだ。
実際に、アンブッシュマーケティングにはクレームがつくことがある。だがその実態は法的根拠のない要望やこけおどしに留まる。2021年に東京五輪大会組織委がスタッフに配布した研修資料にも「行為を中止させる法律的な根拠が薄いため〔…〕お願いベースでのお声がけ」と記されている。
近年の傾向としては、クレームリスク低減を念頭に(また「商標としての使用」にあたるかどうかの見極めが難しい場合があることも考慮され)、「オリンピック」などの商標を直接使わずに、イベントを暗示させる手法(競技シーンや応援メッセージのみを用いるなど)によるアンブッシュマーケティングがよく行われている。近年のオリンピックやワールドカップにおいても、サントリー、花王、興和、フォード、ナイキ、Netflixなどの大手企業が、国内外で戦略的なアンブッシュマーケティングを実施している。
また、諸外国では、カナダ、オーストラリア、ドイツにおいてアンブッシュマーケティングを巡って大会主催者の方が敗訴した裁判例がある。さらに2019年、ドイツ当局は、IOCがオリンピック憲章に基づき、五輪選手が大会スポンサー以外の広告への出演を禁止していたことについて、優越的地位の濫用と評価してIOCに改善を指導。これを受け、オリンピック憲章は五輪選手の広告出演等を原則認める内容に改正され、事業者が五輪選手を使ったアンブッシュマーケティング広告を行える余地が広まった。
このような他社の傾向、法的判断の積み重ね、大会主催者側のスタンスの変化といった社会潮流を参考に、クレームをどこまで気にするか、またクレームが来たときの応じ方を考えるとよいだろう。
友利 昴
作家・一級知的財産管理技能士
企業で法務・知財業務に長く携わる傍ら、主に知的財産に関する著述活動を行う。自らの著作やセミナー講師の他、多くの企業知財人材の取材記事を担当しており、企業の知財活動に明るい。主な著書に『エセ著作権事件簿』(パブリブ)、『知財部という仕事』(発明推進協会)、『オリンピックVS便乗商法』(作品社)など多数。
講師としては、日本弁理士会、日本商標協会、発明推進協会、東京医薬品工業協会、全日本文具協会など多くの公的機関や業界団体で登壇している。一級知的財産管理技能士として2020年に知的財産管理技能士会表彰奨励賞を受賞。