現代日本の絶滅危惧種、「ますらお」はここにいた
本連載を語る上で、欠かせない言葉があります。それは、「ますらお」です。「陸上自衛隊ますらおランド」には、その名の通り「ますらお」といわれる強さを求める戦闘民族がたくさんいます。ただ、この「ますらお」について、そもそも耳なじみのない方も多いのではないでしょうか? そこでまずは、愛とユーモアあふれる陸自を語るには不可欠な、「ますらおとは何か」というテーマから始めましょう。
ますらおのイメージとしては、「源義経を逃がすために全身に矢を受け止めた弁慶」や、敵の罠で天井が落ちてきたときに「ここは俺が支えるから先に行け!」と言う男塾の仲間などを思い浮かべて頂けると分かりやすいです。「ますらお」には、「強く堂々とした、立派な男子」という意味があり、「丈夫」や「益荒男」と書きます。
日本では中世より「立派な男」や「強い武士」を表す言葉の象徴として使われてきました。ただ、私達が暮らす現代の日本では、弓矢が日常的に飛んでくることや、迷路に迷い込んで天井が落ちてくることもありません。もはや「ますらお」は死語に近いともいえます。しかし、日本にはその消えゆく「ますらお」達の育成教育を行い、天国から下界を見下ろした前田慶次が「あっぱれ! これぞ、ますらおの国!」という極上の褒め言葉を与えてしまう組織がいくつかあります。その一つが陸上自衛隊なのです。
おじさん隊員さえ涙する厳しい「幹部候補生学校」でますらお化
私が「ますらお」という言葉を初めて知ったのは、防衛大学校(*1)を卒業し、幹部候補生学校に入校したときでした。幹部候補生学校とは、自衛隊の幹部(士官)を育成する自衛隊の教育機関であり、幹部に必要な心構えや技能などを教育します(所在地は福岡県久留米市)。名前からスマートなイメージを持つ方もいるかもしれませんが、実際は厳しい寺修行のような教育がなされます(おじさん隊員でもシクシク涙をする場所です)。
この学校では、あらゆる物事に「剛健(ごうけん)」という名を付けて「ますらおの精神」を浸透させようとしてきます。毎朝上半身裸で号令を絶叫する「剛健点呼」、登山マラソンをゴールしても平気な顔で歩く「剛健ゴール」、剛健の二文字が物理的に刻まれたますらおが住む隊舎「剛健マンション」などがありました。剛健マンションでは、毎朝6時になると候補生がニワトリのように「オハヨーー!!」と叫ぶので、近隣住民から「うるさいからやめてくれ!」と苦情が来ますがやめません。自然の摂理には文句を言っても無駄です。
*1 防衛大学校…神奈川県横須賀市にある自衛隊の教育機関。入学すると汗と涙と砂の味がする青春を楽しむことができる。
この世には二つの考え方しかない。ますらおか、それ以外だ――
そんな幹部候補生学校に在学中、私は「ますらお至上主義者」に出会います。彼の名は、前田くん(仮名)。私と同じく防大卒の候補生でした(ただ彼とは学生時代に接点がなく、幹部候補生学校の区隊で同じになって初めて関わるようになりました)。彼は身長が180cmある筋肉隆々の男で、防衛大学校で最も厳しい部活である短艇委員会(*2)出身の猛者(もさ)でした。そして口癖が「ますらお」だったのです。
彼は事あるごとに「それはますらお」「それはますらおじゃない」と話す「ますらお二元論者」でした。彼が残した数々の名言や行動は今も印象的です。
●射撃訓練では「ますらおなら全弾ど真ん中」と豪語
●野戦訓練では「ますらおならピッコロ大魔王」と顔を緑一色で塗る
●筋トレでは「腕立て伏せの限界点から+5回やるのがますらお」と自分を追い込む
●筋肉痛になると「筋肉痛を感じていないときは弱くなっているとき」とむしろ喜ぶ
この「ますらおか、それ以外」という二元論は、テレビやゲームが禁止されていた学校生活においては娯楽の一つとされ、他のメンバーもマネをするようになりました。私達は訓練時も「雨が降っているときこそテンションを上げるのがますらお!」とメンバーで盛り上がり、掃除をする際は「しっかりと隅まで掃くのがますらお」とほうきで掃き、最終的には休日の外出時に「ますらおなら臭いラーメン」と言って動物園のような臭いがする店で豚骨ラーメンを食べました(一般の方からすると「?」という印象を受けるかもしれませんが、娯楽の少ない陸上自衛隊ではこのような独自のユーモアが往々にして誕生するのです)。
しかし、前田くんは区隊に大勢いる「ファッションますらお」とは異なり、SSR級の「ナチュラルボーンますらお」でした。訓練をすれば10kg以上あるLAM(ロケットランチャー)を積極的に持って演習場を駆け巡り、行軍をすればバテてしまった候補生の荷物も嫌な顔一つせずに持ちます。幹部候補生学校には「剛健ピース」といわれるコンクリートブロックがあり、行軍訓練時の負荷を上げたい場合に挙手すればもらうことができるのですが、もちろん前田くんは手を上げて剛健ピースを「インディ・ジョーンズ」の宝物のように運んでいました(私はファッションますらおなので持ちませんでした)。
彼が凄かったところは「周りから尊敬されたい」「凄いと思われたい」という気持ちではなく、「純粋に強くなりたい」というストイックさであり、それを他人に強要しないところでした。彼は私にますらおという言葉を教えてくれただけではなく「どういう人が真のますらおなのか?」ということを教えてくれた男です。
なお、前田くんは幹部候補生学校を卒業した後、普通科に配属となり、部隊の教官も担当するなど「ますらお道」を今も突き進んでいます。
*2 短艇委員会…防衛大学校でトップクラスに厳しい部活。短艇(カッター)といわれる船を漕ぐ。ギリシアやローマの奴隷達とやっていることが変わらないので、「奴隷船」といわれている。防衛大学校と海上保安大学校が毎年の大会で日本一をかけて戦う。
ポジティブシンキングを遥かに超えた「ますらおシンキング」
前田くんのように、「辛ければ辛いほどよい」という価値観を持った人がますらおです。これは一般社会とは真逆な価値観ですね。さらに、ますらおレベルが高まると、「辛ければ辛いほど生きている気がする」「キツすぎると段々楽しくなってくる」など、ポジティブシンキングを遥かに超えた「ますらおシンキング」を炸裂させるようになります。そうして、ますらお度の高い隊員になると、
●どこでも寝ることができるので地球全てがベッドになる
●演習中に土砂降りになれば「洗えて丁度いい」と水たまりで顔をジャバジャバ洗う
●訓練中に足の皮がズルむけになっても「痛みは電気信号に過ぎない」と涼しい顔
●デカ盛りラーメンを出されて「オラ、ワクワクすっぞ…」と食べながらつぶやく
などという行動をとるようになります。発想としては、小学生の「ジャングルジムの高いところから降りた奴が優勝」というゲームにやや似ていると思ってください。ハイレベルなますらおになればなるほど、ヤバい勝負で胸が熱くなるようになります。
ぱやぱやくん
防衛大学校卒の元陸上自衛官。退職後は会社員を経て、現在はエッセイストとして活躍中。名前の由来は、自衛隊時代に教官からよく言われた「お前らはいつもぱやぱやして!」という叱咤激励に由来する。著書に『今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校』『陸上自衛隊ますらお日記』(どちらもKADOKAWA)などがある。
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