“お小遣い”月12万円「新卒サラリーマンよりも恵まれている」が…「進学よりも『出家』に近い」防衛大の実態【元自衛官が解説】

“お小遣い”月12万円「新卒サラリーマンよりも恵まれている」が…「進学よりも『出家』に近い」防衛大の実態【元自衛官が解説】
(画像はイメージです/PIXTA)

かつて目を輝かせて防衛大学校に進学するも、あまりのハードさに、着校初日にして「家に帰りたい」と本心から思ったという元陸上自衛官エッセイスト・ぱやぱやくん氏。一方で防大には独特なユーモアや面白さがあり、一般社会では味わうことができない経験が心に強烈に焼きついていると言います。ぱやぱやくん氏の著書『今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校』(KADOKAWA)より一部を抜粋し、当時のエピソードを紹介します。

一般社会は娑婆(シャバ)。“小原台刑務所”こと「防衛大学校」

防衛大学校(防大)は、神奈川県横須賀市小原台(おばらだい ※注)にあり、学生たちからは「小原台刑務所」や「ニューホテル小原台」とも呼ばれ親しまれています。防衛省管轄の教育機関であり、陸・海・空、各自衛隊の幹部自衛官となる者を教育訓練している施設です(文部科学省が管轄する機関ではないので、「大学」ではなく「大学校」なのがポイントです)。

 

防大は、諸外国で言えば士官学校に該当する学校であり、学生の身分としては「特別職の国家公務員」です。そのため、学費・衣食住が無料のうえ、学生手当が支給され、防大を卒業すると「一般幹部候補生(曹長)」として任官します。

 

防大卒業後に与えられる「曹長」という階級は、一般入隊の隊員の場合だと定年まで勤務して到達する階級です。さらに、現在の制度では防大を卒業すると佐官への昇任はほぼ確定のため、自衛隊内部では「防大はエリートコース」と言われています。

 

一方で、防大は全寮制で規律は厳しく、ジューシーで甘酸っぱいキャンパスライフを想像すると間違いなく後悔します。どちらかと言うと、田舎のおばあちゃんが作った塩まみれの梅干しを想像したほうがいいでしょう。

 

そのため、残念ながら防大に進学した新入生は「防大になんて来るんじゃなかった」と少なくとも1日に1回ぐらいは思います。新入生は坊主頭やおかっぱ頭になり、朝から晩までシャウトし、精神と肉体の限界に挑むからです。進学よりも「出家」に近い学校であり、一般社会を娑婆(シャバ)と感じることさえあります。

 

※注 防大は横須賀市小原台にあるため、関係者は防大のことを「小原台」と呼称することが多い。防大卒に「小原台はどうだった?」と聞くと、間違いなく「関係者か?」と思われる。なお、住所は走水。

プライベートも文明もない生活

学生が生活する部屋は8名前後(かつては4名)であり、1〜4学年が合同で生活をします。基本的に1学年が丁稚奉公(でっちぼうこう)のように部屋の雑用や清掃を全て行い、部屋にかかってくる内線なども1〜2コールで走って対応します。

 

部屋は常に整理整頓が求められ、本の置き方なども細かく決まっています。机の引き出しの中も勝手に点検されるので、プライベートはほぼ存在せず、1人になれる空間はトイレの個室しかありません。年頃の男子が多いため、深夜になるとトイレの個室は超満員になり、ホットなナイトスポットとして学生たちに人気があります。

 

さらに平日外出は原則として不可であり、ゲーム機、テレビの保有もNGです。自分の本棚に漫画を並べることもできないため、学生は文明を一時的にロストします。

 

現代人に失われた「想像力」を鍛えるにはもってこいの環境と言えるでしょう。

一方で「学費無料、衣食住完備、給与・ボーナスあり」の好待遇

生命力が試される過酷な環境ですが、防大は学費が無料なだけでなく、衣食住も無料なところは魅力の一つです。手当として、毎月12万0,200円が支給され、期末手当(ボーナス)が6月と12月合計で39万6,660円支給されるため、バイトをする必要がありません(令和5年度予定)。

 

着るものは作業服やジャージ、制服が貸与されますし、食事も必ず3食食べることができます。ベッド・机・ロッカーなども割り当てられるので、生活に困ることがありません。

 

イラスト:朝野ペコ 出所:ぱやぱやくん著『今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校』(KADOKAWA)
【図表】「海軍兵学校スタイル」の詰襟が特徴の制服 イラスト:朝野ペコ
出所:ぱやぱやくん著『今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校』(KADOKAWA)

 

このような嬉しい待遇により、防大は入校書類と身分証明書があれば、理論上は無一文の「パンツ1枚・タンクトップ1枚の裸の大将スタイル」でも入校は可能です。さすがに、裸の大将スタイルだと「今年もすごい奴が来たな」とは思われますが、防大は懐が深いので「よく来たな」と通してくれるのでご安心ください。

 

防大の学生舎には持ち主不明の靴下や下着が大量にあるので、それを着ておけばなんとかなりますし、卒業生が残した遺物をかき集めれば日常生活で必要なものは揃います(必要なものがなくても上級生がしぶしぶ買ってくれます)。スマホゲームなどで1円も課金しない人のことを「無課金プレイヤー」と言いますが、防大は無課金プレイがある程度可能です。

 

通常の大学進学には学費で「数百万円+生活費」のコストがかかることを考えると、防大のお値打ち感は言うまでもありません。節約生活をすれば卒業までに100万円以上の貯金ができますし、さらに長期休暇にはヨーロッパに旅行することさえ可能なので、防大生は新卒のサラリーマンよりも恵まれている印象です。

 

実際に、防大には「経済的に大学進学が難しい家庭」の秀才たちも多く在籍しており、彼らは「防大は勉強できるし、小遣いをもらえて最高だね」と防大を褒め称えます。「お金がなくても勉強ができる」は防大の大きなメリットと言えるでしょう。

防大にやってくる学生たちも“濃い”

防大は「将来の幹部自衛官になる者」を育成する教育機関ですが、学費・衣食住が無料、さらに給与手当がもらえる待遇のため、自衛隊にまったく興味がない人たちも大勢やってきます。そのため、みんな真面目そうでやや無個性にも見える防大生ですが、実はバラエティに富んでいます。

 

では、どんな人が防大に入校するのでしょうか? パターン別に解説をしていきましょう。

 

【①英雄タイプ】

彼らは意欲が高く、学力優秀・運動神経抜群で、カリスマ性があります。人柄もとてもよく、人生2周目ではないかと疑うほどです。防大にはこのタイプの学生が学年で1人ぐらいおり、「彼(彼女)には勝てないな」と誰しもが思います。

 

学生時代から「あいつには偉くなってほしい」と誰しもが思い、卒業後も戦闘機のパイロットや空挺団(くうていだん)などのエリート部隊で活躍することが多いです。このタイプは、ある日異世界転生をしても主人公として活躍できるでしょう。

 

【②溢れる愛国心タイプ】

このタイプの学生は高校生のときから国防への意識が高く、「日本の国防は俺に任せろ!」と鼻息荒く防大にやってきます。勉強熱心で真面目な人が多く、入校当初から「ドイツ軍の戦車は〜」や「自衛隊の新型小銃は〜」などの細かい知識を同期に披露し、防衛学の講義でもマニアックな知識を駆使してレポートを仕上げてきます。一方で、この手のタイプは得てして理屈っぽく不器用な人が多いです。防大の細かい規則や小銃の扱いに苦戦し、しょんぼりとしている姿をよく見ます。

 

細かい知識が豊富でオタク気質な人が多いので、「歩く愛国心」や「1人だけの参謀本部」などと揶揄されることも多いですが、まんざらでもない顔をしているところにかわいさがあります。「戦時中のラジオ放送のマネ」など、マニアックな小ネタを持っていることが多いです。

 

【③航空機のパイロット志望】

防大入校後に適性があれば、卒業後に航空機パイロットの道に進むことができます。そのため、広報官は「パイロットになれるよ! トップガンになろうよ!」と狂ったようにキラーフレーズを連呼し、パイロットへの夢を持った高校生たちを大勢導いてきます。

 

ただパイロットになれる人は一握りであり、大抵の学生は視力で「適性なし」という判定になります。しかし、「適性がなくても仕方ないよね」と陸上自衛隊の道に進み、卒業後は戦車部隊などで活躍しているパターンもあります。それが人生ですね。

 

【④地方の進学校出身者】

防大受験は公務員試験扱いのため、受験費用は無料です。受験時期も秋頃と他の大学よりも早いため、地方の進学校では「この時期に防大に合格できる実力があれば〇〇大学は受かる」と模試感覚で生徒に受けさせます(北海道・九州に多い印象です)。そうした理由から、防大では筆記の後の2次試験で「興味がないので行きません」と辞退者が続出します(防大は1次試験の筆記試験に合格すると、2次試験が面接・身体検査になります)。

 

しかし、中には「興味がないけど、合格は欲しいな」と試験を受けて合格し、その後に「興味はなかったけど、合格したら自衛隊に興味が出てきた」などの理由でやってくる新入生もいます。一見すると志がないように見えますが、彼らは地頭がよい人が多く、体育会系の部活で活躍していたケースも多いです。総合的にバランスが取れているので、メキメキと防大で才能を発揮します。

 

彼らを見ていると「防大や自衛隊に入る理由はなんでもいい」ということを改めて実感できます。

 

【⑤親が現職の自衛官(官品:かんぴん)】

防大は親が自衛官の学生が一定数います。自衛隊は世襲制の仕事ではありませんが、親の影響を受けて自衛官になる人たちは珍しくありません(この人たちは国の支給品にたとえて「官品」と言います)。彼らは、小さいときから「防大は偉くなるし、お小遣いをもらえて最高だぞ」と言われて育ち、防大にやってきます。

 

官品の中には、「お父さんが陸将」「誰もが知っている有名な軍人の子孫」というパターンもいて、バラエティ豊かです(ただ、学生自身はプレッシャーを感じることもあるようですが…)。自衛隊において、自分の子どもが防大に入ることは一種のステータスであり、親にとっては「最大の親孝行」でもあると言えるでしょう。

 

彼らはよくも悪くも防大や自衛隊のことを知っているので、「防大ってこんなもんだよね」とドライな目を持ちつつ、物事をこなしていきます。

 

【⑥苦学生タイプ】

防大は学費無料で給与手当支給のため、家庭事情を考慮して防大に進学する学生がいます。彼らは他の学生よりも壮絶な人生を歩んでいることが多く、「お年玉をかき集めて防大の試験問題集を買った」「親戚は失踪している人が多い」「教官に『お前よく不良にならなかったな!』と言われた」などの重めのエピソードを語ります。

 

このパターンの人たちは優秀で優しい人が多く、苦境に対してもポジティブです。「防大は3食食べられるし、お金ももらえて最高だね」と感謝していることが多く、自衛隊に対する忠誠心も強いです。同じような境遇の部下や後輩に優しく、人望を集めるタイプです。

 

【⑦自衛隊生徒からの進学組】

自衛隊にはかつて「自衛隊生徒」という制度があり、自衛隊の高校バージョンが陸海空で存在していました(現在は陸自の高等工科学校のみ)。自衛隊生徒の成績優秀者は防大推薦がもらえるため、彼らは3年間の修羅場を耐えたのちに防大にやってきます。彼らは優秀であり、すでに自衛官としての基礎ができているため、防大でもリーダー的な存在になることが多いです。

 

彼らが語る生徒時代のエピソードはかなりハードで、「泳げない奴は泳げるまでプールに投げ込まれた」や「部活の試合に負けると班長がガチギレするから、死ぬ気で戦った」など防大生でも苦笑いすることが多々あります。彼らの口癖は「防大は生徒よりも楽」です(どんな高校時代だったのでしょうか…)。

 

【⑧型破りタイプ】

このタイプはとにかく型破りで規格外です。「高校卒業から1年間は流浪の旅をしていた」「元ビジュアル系バンドマン」「起業して失敗した」などの意味不明な経歴を持ち、ロン毛や茶髪ヘアで防大にやってきます。

 

すぐに辞めてしまいそうな彼らですが、割と要領がよくバイタリティがあるので、ちゃんと防大を卒業します。防大卒業後も型破りな性格ゆえに自衛隊を退職し、「医者になった」や「ベンチャー企業の経営者になった」などの華麗な転身を遂げたと風の便りを聞くことが多いです。

 

 

これらのタイプ分けは一例にすぎませんが、どれかに分類できると思います。防大生を見つけたら振り分けをしてみることをお勧めします。

 

 

ぱやぱやくん

防衛大学校卒の元陸上自衛官。退職後は会社員を経て、現在はエッセイストとして活躍中。名前の由来は、自衛隊時代に教官からよく言われた「お前らはいつもぱやぱやして!」という叱咤激励に由来する。著書に『今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校』『陸上自衛隊ますらお日記』(どちらもKADOKAWA)などがある。

 

 

※本連載は、ぱやぱやくん氏の著書『今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校』(KADOKAWA)より抜粋・再編集したものです。

今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校

今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校

ぱやぱやくん

KADOKAWA

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