●QT開始から1年が経過、当初は低調なスタートだったが、計画比8割程度の進捗率が続いている。
●有価証券はQTで8,322億ドル減少したが、金融不安の影響で総資産の減少額はそれを下回る。
●足元で総資産は再び減少傾向に、QT進捗は計画比やや遅延も結果的にFF金利は安定推移。
QT開始から1年が経過、当初は低調なスタートだったが、計画比8割程度の進捗率が続いている
米連邦準備制度理事会(FRB)は2022年5月4日、バランスシートの規模を縮小する計画を公表し、同年6月1日から国債などの保有資産を減らす、いわゆる量的引き締め(QT)を開始しました。計画において、縮小の上限額は、財務省証券と政府機関債、住宅ローン担保証券(MBS)の合計で、当初は月475億ドル、3ヵ月後には一気に倍増し、月950億ドルに設定されました。
QT開始以降、毎月の保有有価証券(財務省証券、政府機関債、MBSの合計)の減少額と、計画比の進捗率を示したものが図表1です。これをみると、QTは当初、低調なスタートとなりましたが、これはインフレの影響(財務省証券に含まれる物価連動債の元本増加要因)とMBS取引の市場慣行により、残高の減少が抑制されたためです。しかしながら、進捗率はその後改善し、計画比でおおむね8割程度の状況が続いています。
有価証券はQTで8,322億ドル減少したが、金融不安の影響で総資産の減少額はそれを下回る
この結果、保有有価証券の減少総額は、QT開始前の2022年5月22日から直近の2023年7月5日までの期間、8,323億ドルに達しています。計画では1兆925億ドルの予定でしたので、QT開始から1年が経過した現在、計画比の進捗率は76.2%ということになります。前述の通り、当初の低調なスタートが影響し、QTは計画をやや下回るペースで進んでいることが分かります。
一方、FRBの総資産残高に目を向けると、同期間における減少額は、6,160億ドルとなっており、QTによる保有有価証券の減少額である8,323億ドルを大きく下回っています。実はこの差額の発生は、FRBが2023年3月に米銀のシリコンバレーバンク(SVB)とシグネチャー・バンクが破綻したことを受け導入した、新たな流動性対策(Bank Term Funding Program、BTFP)などによるものです。
足元で総資産は再び減少傾向に、QT進捗は計画比やや遅延も結果的にFF金利は安定推移
FRBの総資産残高について、ここ1年の推移をみると、BTFPの導入などにより、今年3月に急増した様子がうかがえます。なお、7月5日時点でFRBの総資産におけるBTFPの残高は1,020億ドル、米銀破綻を受け米連邦預金保険公社(FDIC)が設立した預金金融機関向けローンを含む「その他与信供与」の残高は1,648億ドルとなっていますが、QTの進捗により、総資産残高は再び減少傾向にあります。
なお、2017年10月から開始された前回のQTでは、準備預金が急減し、短期金融市場に資金を出し渋る金融機関が増え、フェデラルファンド(FF)金利が急騰する場面もみられました。その結果、FRBは2019年9月にQTを終了し、翌月から短期国債の購入を再開したという経緯がありました。今回はそのような状況に至っていませんが、計画比8割弱の進捗率が、結果的にFF金利の上昇を抑制する一因になっているとも推測されます。
(2023年7月7日)
※個別銘柄に言及していますが、当該銘柄を推奨するものではありません。
※当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『「量的引き締め(QT)」開始から1年経過…FRBのバランスシートはどう変化したか【三井住友DSアセットマネジメント・チーフマーケットストラテジストが解説】』を参照)。
市川 雅浩
三井住友DSアセットマネジメント株式会社
チーフマーケットストラテジスト