(※画像はイメージです/PIXTA)

新型コロナウイルス感染症の5類移行などを機に、久しぶりに観光を楽しむ人々が増加しました。外出を控えるという苦しい経験を経たことで、観光の楽しみは倍加しているのではないでしょうか。本稿では、中川則彦氏(キャピタル アセットマネジメント株式会社)が、前回に引き続き「ヨーロッパの観光事情」を紹介します。日本とは異なる観光事情を楽しむだけでなく、今後の旅行プランの参考としても役立つ記事です。

【前回の記事】目的地は「海」「山」「田舎」…ヨーロッパ人の観光が「日本人とはあまりにも違う」ワケ

「永遠の目的地」としてのヨーロッパ、そして今

現在、ヨーロッパは世界中で最も人気の観光地の一つであることは疑う余地がありません。豊かな歴史遺産と美しい街並みが融合したヨーロッパは、世界中の人々が「必ず訪れたい場所」リストの第1位となっています。ここでは、ヨーロッパで人気の旅行形態について探っていきたいと思います。

 

ところで、ヨーロッパのどの都市が最も高い観光収入を生み出しているかご存じでしょうか。

 

世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)によると、2017年の観光収入と世界からの注目という点で際立ったヨーロッパの都市が3ヵ所あります。それは、ロンドン、イスタンブール、バルセロナです(図表1)。WTTCの調査では、このヨーロッパの3都市を訪れる観光客は、そこで躊躇なくお金をたくさん使いたいと思っているようです。

 

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[図表1]ロンドン、イスタンブール、バルセロナ PIXTAより作成

 

2019年の調査では、ロンドンだけで209億ポンドの観光収入があり、これは英国のGDPの19%を占めたことになります。さらに、ロンドンの観光事業は20万人以上の雇用を生み出しています。バルセロナは推定166億ユーロの観光収入を生み出しました。

 

スペインではこのほか、マドリードが最も観光客の多い都市にランクされ、約91億ユーロの観光収入を生み出し、世界13位の地位を確保しました。また、カナリア諸島(スペイン領)においても、観光事業が経済全体の34%を占め、2019年には166億ユーロの観光収入を生み出し、31万2,000人以上の雇用を創出しました。

 

ヨーロッパ経済における観光収入の重要性を踏まえると、ヨーロッパの人々を含めた世界中の人々がどのような形のヨーロッパ観光に興味を持っているかを研究することは、とても有意義なことだと思います。ここでは、ヨーロッパ観光のさまざまなプランを見ながら、どのような旅行形態が好まれているのかについてお話しましょう。

 

a)持続可能な観光

今回のテーマにおいて、最初に「持続可能性」と「エコロジー」が取り上げられるのは当然のことかも知れません。近年、観光客は環境保護に関心を持ち、生態系に悪影響を与えることなく観光を楽しむことができるプランを求めるようになっています。

 

では、持続可能な観光とはどのようなものなのでしょうか。

 

それは、観光の楽しみと環境への適切な配慮を両立させることを目的とした一連の行動を意味します。そのためには、省エネ、環境に優しい交通手段、水の保全、動植物の保護、資源のリサイクルなど、さまざまな課題を克服する必要があります。しかしながら、その実現には、エコツーリズムだけでなく、政府と民間の連携も必要になります。

 

近年、ヨーロッパではグリーンツーリズムが大きな収入源となっています。国連が2017年を「持続可能な観光発展のための国際年」に指定したのはその年の初頭のことでしたが、これはスペインにとって大きなニュースとなりました。というのも、スペインはすでに相当数の様々なエコツーリズムを提供していますが、ヨーロッパ最大と言える豊かな生物多様性を考えると、この分野でのスペインの可能性は無限大であるからです。

 

b)ルーラルツーリズム(農村観光)

持続可能な観光と密接な関係にありますが、大都市から離れた田舎での生活の素晴らしさをアピールするものです。

 

ところで、ルーラルツーリズムとエコロジカルツーリズムの違いをご存じでしょうか。

 

答えは簡単です。まず、エコロジカルツーリズムは、観光客が環境への影響を最小限に抑えることを目的とした観光です。ロンドン、パリ、アムステルダム、バルセロナ、ベルリン、ローマといったヨーロッパの主要都市には、完全にサステナブルな宿泊設備や施設があります(図表2)。

 

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[図表2]ロンドン、パリ、アムステルダム、バルセロナ、ベルリン、ローマ PIXTAより作成

 

一方、ルーラルツーリズムは、観光客をその土地の自然や文化に親しんでもらうことを目的とした観光です。ヨーロッパには、神話に出てくるような山村や、湖や川を巡る旅など、その土地の魅力で観光客を魅了する何百もの場所があります。このような観光の最大の魅力は、毎年ヨーロッパに押し寄せる何百万人もの観光客から離れ、旅行者がゆっくりとくつろぐことができることです。カナリア諸島が素晴らしい実績と可能性を持った最高のルーラルツーリズムを味わうことのできる場所であることを覚えておくとよいでしょう。

 

c)カルチュラルツーリズム(文化観光)

歴史的にヨーロッパが世界中の何億人もの人々にとって憧れの地である理由は、ここにあります。芸術と文化に関しては、世界中の人々がヨーロッパに熱い視線を送っています。芸術の分野で最も重要な運動が行われてきたのがヨーロッパですし、ヨーロッパからは多くの芸術家を輩出してきました。そして、歴史的、政治的、芸術的に価値のある遺産を持つヨーロッパの都市は、観光の中心地となっています。

 

パリ、ミュンヘン、ストックホルム、ダブリン、ベルリン、アテネ、ローマ、ブリュッセル、ウィーンなどの都市は、人類の歴史における決定的な瞬間の舞台となりました(図表3)。いかに現代社会がヨーロッパに影響を受けてきたかを理解するために、世界中の人々がこれらの都市を訪れたいと思うのも不思議ではありません。

 

PIXTAより作成
[図表3]パリ、ミュンヘン、ストックホルム、ダブリン、ベルリン、アテネ、ローマ、ブリュッセル、ウィーン PIXTAより作成

 

これらの都市の魅力は、街並み、博物館、華やかな建築物、そして国際的なシティライフを満喫できることにあります。したがって、カルチュラルツーリズムがヨーロッパにおける観光の主要かつ最も一般的な形態の一つであることは驚くべきことではなく、今後何十年もそれは変わらないと思われます。

欧州にとっても重要な「観光」、コロナ禍からの回復状況は?

世界で最も訪れる人の多い国トップ10のうち、7ヵ国がヨーロッパの国ですが、これは驚くべきことではありません。年間を通じて、ヨーロッパには5億5,000万人近い人が訪れており、その半分強は海外からの旅行者です。このため、観光はヨーロッパに多額の収入をもたらす経済の柱であり、雇用創出の主要な産業の一つとなっています。

 

人生が変わるような体験を求めるだけでなく、楽しみながらも環境に配慮し、これらの場所ができるだけ長く保全されることを望んでいる新しいタイプの旅行者の間で、さまざまな観光形態がトレンドとなり、現在大きな影響力を持つようになっています。

 

■2022年から2023年にかけてのヨーロッパの観光収入の回復

2022年の海外からの観光収入は、海外からの旅行者が戻ってきたことによって、1兆ドルの大台まで回復し、2021年と比較してインフレ考慮の実質ベースで50%の増加となりました。海外からの旅行者の支出は、新型コロナウイルスのパンデミック前の64%の水準まで回復しました(実質ベースで、2019年比36%減)。2022年のヨーロッパの回復は力強く、観光収入は約5,500億ドル(5,200億ユーロ)となり、パンデミック前の87%の水準に達しました。

 

■フライト数・乗客数の回復と懸念材料

フライト数で見ても、2022年は前年比10%増となり、2019年を12%下回る水準まで回復しました。夏の好調な旅行需要の後は、人員不足と空港でのストライキの影響で低調でしたが、2023年に入ると、春の旅行シーズンに向けて増便の準備がされました。2023年5月7日の週のフライト数は156,258便で、前年同期比10%増、2019年の水準を12%下回っています。平均以上の回復を見せているのがスペイン(対2019年比2%減)、イタリア(同5%減)、ポルトガル(同7%増)で、逆に平均を下回っているのがドイツ(同27%減)、スイス(同14%減)、フランス(同13%減)になります。

 

ただ、懸念材料がないわけではありません。たとえば、ヒースロー空港の乗客数の伸びは平準化しつつあります。ヒースロー空港は、「乗客数の伸びが平準化に向かっているという初期の兆候があり、今年の年初からの4ヵ月において、乗客数が2019年の水準の93~95%で安定している」と発表しました。4月は640万人の乗客がヒースロー空港を利用し、この数字は2019年4月の94.1%になります。2019年との比較では、2月は94.8%、3月は95.4%の乗客が戻ったことになりますが、今後はこの水準で安定的に推移し、それほど伸びていかないことを示唆していると思われます。

 

もっとも、ヒースロー空港に関しては、空港職員によるさらなるストライキの可能性に直面していることを考慮する必要があるでしょう。ヒースロー空港以外の他の航空会社は、この夏の旅行需要は依然として非常に強いと述べていますので、このことをもって需要が一巡したというような判断を下すのは時期尚早であると我々は考えています。

 

加えて、ロイターやブルームバーグによると、トルコ航空は6月に600機の航空機を発注するようです。600機の内訳は、ナローボディ400機、ワイドボディ200機で、ボーイング社への発注を示唆する報道がなされています。トルコ航空のアフメット・ボラット会長は、6月にイスタンブールで開催されるIATAの年次総会でこの発注に関する発表を行う予定であると見られています。この発注は、トルコ航空が今後10年間の拡大計画の一部であり、航空機の数は倍増の800機となる見込みで、搬入は2033年まで続くと予想されています。

 

■2023年第1四半期の地域別回復状況(図表4)

出所:UNWTO
[図表4]2023年第1四半期の地域別回復状況 出所:UNWTO

 

最も強い回復を示したのが、今年第1四半期の旅行者数が2019年を超えた中東(15%増)で、第1四半期にパンデミック前の水準まで回復した最初の地域となりました。ヨーロッパは、旺盛な域内需要に牽引され、パンデミック前の90%に達し、中東に次いで回復が進んだ地域となりました。アフリカは2019年の水準の88%、アメリカ大陸は85%に達しました。アジア・太平洋地域は、パンデミック前のレベルの54%までの回復にとどまりましたが、中国を中心にほとんどの都市が規制を解除した今、この回復傾向はさらに加速すると思われます。多くの場所で、パンデミック前の水準に近いか、それ以上になっています。

 

UNWTO(国連世界観光機関)のデータでは、地域をさらに細かく分けて、目的地別の回復状況も分析されています。地中海の南に面しているヨーロッパと北アフリカは2023年第1四半期にパンデミック前の水準まで回復していますし、西ヨーロッパ、北ヨーロッパ、中央アメリカ、カリブ海諸国はすべてパンデミック前の水準まであと一歩まで回復しています。

後編を終えて

後編の最後に一言。ずいぶん昔になりますが、私は、大学卒業を直前に控え40日ほどかけてヨーロッパ中を旅しました。社会人になってからも、仕事でロンドンに赴任していたこともあり、暇を見つけては旅行していましたので、ヨーロッパはとても思い出深い土地です。何といっても、ヨーロッパは、気候が穏やかで過ごしやすい国が多いですし、食べ物は美味しく、多くの国が陸続きで移動も楽に行えますので、休暇を過ごすには最高の場所だと思います。

 

あの頃の素晴らしい時を振り返りながら、今、人々は、ヨーロッパ旅行における従来のプランに加えて、コロナ後の新たな旅行プランを見つけるべく、ゆっくりと歩み始めたと思っています。

 

 

中川 則彦

生保、信託銀行、外資系運用機関、公的年金において、30年以上にわたり資産運用業務に従事。1995年より、株式ファンドマネージャーとして年金基金や投資信託等の運用に携わる。市場サイクル分析と個別企業の競争優位分析を駆使して、成長株を割安なときに仕込むGARP(Growth At Reasonable Price)スタイルで、外国株式運用を行う。

慶応義塾大学経済学部卒業、マンチェスター・ビジネス・スクールMBAファイナンス修了、CFA協会認定証券アナリスト。「世界ツーリズム株式ファンド」を運用。

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