デフレになると、経済はどうなるか
さて、資本主義とは、どういう経済システムであったのかを思い出してみましょう。
資本主義とは、民間銀行が企業への貸出しによって貨幣を創造し、企業がその貨幣を使って事業を行い、支出によって貨幣を供給します。貨幣は、経済の中を循環して、生産活動や商業活動を活発にします。
企業が支出をするから、それを受け取る他の企業が利益を増やし、従業員の所得が増えるのです。こうして、経済は成長していきます。
そして、この貨幣循環の出発点には、企業の需要がありました。企業の需要があるから、貨幣が生み出され、経済の中を循環して、経済全体を豊かにするのです。
ところが、デフレになると、どうなるでしょうか。
デフレの原因とは、需要不足です。つまり、企業の需要がない状態です。
企業の需要がなければ、民間銀行は貸出し(=貨幣の創造)ができません。貨幣が創造されなければ、企業は支出できず、従業員の給料も増えません。それでは、経済は成長するどころか、縮小していくしかないでしょう。
問題は、民間銀行の貸出しができなくなることだけではありません。
デフレで債務が実質的に膨らむことを恐れる企業は、銀行への返済を急ぎます。つまり、貨幣の破壊を急ぐということです。
貨幣の創造が行なわれず、貨幣の破壊だけが進む。これが、デフレです。
民間部門の貨幣循環を水道にたとえると、蛇口から水が流れてこないまま、排水管から水が排出されるだけになり、水槽の水が枯渇するというような状態です(【図表】参照)。
つまり、デフレとは、貨幣循環を止め、貨幣を破壊していく恐ろしい現象なのです。
資本主義の心臓は、民間銀行による信用創造でした。
しかし、デフレになると、民間銀行の信用創造機能が停止します。要するに、資本主義が心肺停止状態に陥るということです。
戦前の世界では、たとえば1930年代の世界恐慌に見られるように、このデフレという現象がたびたび引き起こされました。資本主義が未熟だったからです。
しかし、戦後の先進資本主義諸国は、世界恐慌の反省も踏まえて、デフレだけは回避しようと努めてきました。このため、戦後の先進資本主義諸国は、インフレにはなったことはあっても、デフレになることはありませんでした。
ところが戦後、唯一、日本だけが、1998年にデフレに陥り、しかもそれから20年以上も、デフレから抜け出すことができなくなりました。つまり、日本の資本主義は、20年以上も、心肺停止状態に陥っていたわけです。
日本では、過去20年以上にわたって、金利は超低水準が続き、ほとんどゼロになりましたが、それでも銀行は貸出し先を見つけられないでいます。それを、日本の銀行の経営センスが乏しいせいにする人がいます。しかし、そうではなくて、デフレで企業の需要がないのだから、貸出しなど不可能なのです。
また、過去20年以上にわたって、日本企業は、内部留保(貯蓄)ばかり積み上げて、大きな事業や革新的な事業をしようとはしてきませんでした。それを、日本の企業のチャレンジ精神不足のせいにする人が後を絶ちません。しかし、そうではなくて、デフレで貨幣価値が上がっている以上、内部留保を貯め込むほうが経済合理的なのだから、仕方がないのです。
そして、過去20年以上にわたって、日本の賃金水準は停滞・下落し続けてきました。それを、たとえば、労働者のITスキルの低さや雇用の流動性の低さのせいにするのが流行っています。しかし、そうではなくて、デフレで企業が貨幣を支出できないのだから、労働者の給料が上がるはずがないのです。
日本経済がなぜ成長しなくなったのか。
もう説明するまでもないでしょう。
日本経済は、デフレを放置したために、資本主義の仕組みが機能しなくなってしまったのです。
中野 剛志
評論家