認知症は生きていても〝法的な死〟になる
認知症が進み、判断能力がなくなると、重要な法律行為ができなくなります。
そのとき「既に死んでいる」それが「法的な死」と私が呼んでいるものです。もちろん、正式な法律上の死は肉体の死ですが、あえてわかりやすいように言います。つまり、「法的な判断ができなくなる日」が訪れると、もう対策はできません。
認知症になると、親は自分の財産を自由に処分できなくなります。子どもが代わって親の預金をおろすこともできなくなります。老人ホームに入居した後、空き家になった実家を売却することもできません。
相続後の預金凍結は、遺産分割までの一時のことです。しかし、認知症になると亡くなるまでの平均10年間、親の財産は凍結されるのです。もちろん、他の相続対策である生前贈与も、遺言も書けなくなってしまうのです。
資料:平均寿命(平成22年)は、厚生労働省「平成22年完全生命表」。健康寿命(平成22年)は、厚生労働科学研究費補助金「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」
上の図は厚労省のデータです。「平均寿命」は女性87歳、男性81歳。しかし、自立した生活が送れる「健康寿命」はそれより約10年早いのです。男性72歳、女性74歳です。
確かに、厳密には「健康寿命」は即「法的な死」ではありません。しかし、本人が意思表明できないと、財産的にはほぼ同じで、財産凍結されてしまいます。
昔は認知症になってから亡くなるまでの期間は短いものでした。だから、平均寿命と健康寿命の差はさほど問題にはなりませんでした。しかし、延命医療が進み、介護期間は長期化しました。すると、この間の介護費用の負担が増大して、社会問題になっています。
これと並行して、核家族化が進み、特に〝妻〟の意識も変化しました。相続人の権利意識も高まり、相続で受ける財産に目が向きます。生前に家族が預金を引き出すことに対して、他の相続人が「勝手に使い込んだ!」と争いになるため、銀行ももめ事に巻き込まれたくないため、引き出しに厳しくなりました。
住まなくなった「実家」も同様で、司法書士も本人の売る意思確認義務があるのですが、認知症ではそれも叶わず、不動産屋さんも法務局も受け付けませんから、売れずに廃墟化が進み、全国的に空き家が問題化しました。
世の中では相続で空き家が増えていると認識していますが、本当の原因は生前に起きているのです。
「法的な死」になる確率は高い
認知症は平穏な生活のなかでも高確率で発症します。
厚労省の推計が下記の図です。2025年には700万人。なんと65歳以上の高齢者5人に1人の確率、つまり20%です。
このため、本書では「法的な死」の代表例を認知症としてお話ししていきますが、「法的な死」の原因は認知症だけではありません。
交通事故や脳卒中などで意識不明になることもあります。当然、そうなると本人による法的な行為はできませんから、これらを合計すると「法的な死」になる確率はもっと高いのです。
まさに、人生の末期に起こる社会問題ですらあります。