武漢市の公的医療保険制における保険料徴収・給付
2月8日、中国の湖北省武漢市で、定年退職した高齢者が市庁舎の前に集まり、医療保険制度改革に対する抗議デモを行ったと報じられた*1。
武漢市が、公的医療保険制度の改革の一環として、定年退職者向けの通院補助の削減や、保険の給付対象となる医療用医薬品(処方薬)の範囲を縮小したからとされている。また、1週間後の15日には、前回のデモ以降、その内容の大幅な改善がなかったとして、抗議集会も開かれた。デモの参加者は国有企業を定年退職した者などを含め、1回目はおよそ1万人、2回目も数万人規模にのぼったという。中国では公的医療保険制度の改革関連で各地で様々な紛糾が見られ、昨年8月には、北京市でも銀行で行列ができる騒ぎ*2も発生していた。
武漢市のデモの発端の1つである通院補助の減額であるが、そもそも「通院補助」とは何を意味するのか。武漢市の公的医療保険制度の仕組みから確認してみたい。
武漢市では、雇用主である企業と従業員が医療保険料を拠出し、それを一旦、市が管理する基本医療保険基金に集めている(図表1)。中国では、現役の従業員と定年退職者は、医療保険専用の個人口座(医療保険口座)を持っており、基本医療保険基金から、年齢に応じて、所定の金額がこの口座に振り分けられていた。「通院補助」とはこの医療保険口座に振り分けられる金額を意味する。つまり、高齢者の通院補助の多くは現役の従業員や企業が支払った保険料ということになる(ただし、それまでの積立金の運用や一部財政補助も含まれる)。医療保険口座の資金は、通院の自己負担部分(医療保険からの給付を超える通院費用)の支払いや、診療後の薬代の支払いに使用することができる。
デモの発端はこの医療保険口座へ振り込まれる金額が減額されたことを不満とするものだ。その原因は、武漢市が今年の1月から公的医療保険に関して新たな規定を適用するとし、基本医療保険基金から医療療保険口座への振替えの基準や比率を大幅に改定した点にある*3。高齢者向けの振替えはこれまで優遇されていたため、特に、大幅に削減されてしまう結果となった*4。具体的に見ると、高齢者の通院補助については、それまでの「本人の前年の平均年金受給額(月額)」の4.8%(定年退職年齢から70歳まで)または5.1%(70歳以上)から、「武漢市における基本年金の平均受給額」の2.5%(2023年については2021年を基準とし、月額83元となる)へ変更となった(図表1の右表参照)。中国において、都市部の会社員を対象とする年金制度は2階建てとなっており、1階部分が基本年金(賦課方式)、2階部分が個人積立口座(積み立て方式)から構成されている。新たな規定では、1階部分の基本年金のみを基準とするので、その金額は従前よりも少なくなる。同時に、基準額に乗じる比率も大幅に引き下げていることから、そのインパクトは大きい。
デモの背景には、新型コロナによる財政拠出の増加、不動産不況など財政収入の減少から、武漢市が財政の引き締めをしている点が理由に挙げられている。確かに、財政といった視点から考えると、中国では地方政府が社会保険制度を運営しているため、当該地方政府の経済・財政の規模やその状況によって、給付内容が大きく左右されてしまう。つまり、地域間の格差が大きくなりやすいという課題はある。
しかし、それ以上に深刻なのは、医療保険制度が従来より抱える構造的な問題である。それは高齢者における負担と給付のバランスが保たれていない点にある。従来より、都市部の企業に勤める会社員は、定年退職前に所定の期間の保険料の納付が完了していれば、定年退職後も同一の制度に加入し続けることができ、更に、保険料の負担が免除されている*5。
免除のために必要な納付期間は各地方政府によって異なるが、武漢市の場合は男性30年間、女性25年間である。更に、定年退職時に納付年数が満期に達していない場合は、残りの保険料の一括納入も認められている。高齢化の進行を踏まえると制度の持続可能性に疑問が持たれ、これまでもこの措置の検討が指摘されてきた。
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