中小企業のM&Aでは従業員の退職が大きなリスクに
M&Aに対しての理解は、従業員に関してはある程度デリケートに考える必要があります。できれば理解を得たいところでしょう。なぜなら、買い手側はもともとの従業員の存在を含めて買収後の経営を考えているからです。
大企業であれば納得できない何人かが辞めても大きな損失は生まないかもしれませんが、中小企業では少人数で回しているところも多いはずで、1人いなくなるだけでも痛手、2〜3人いなくなると、もう会社の業務がうまく回せないといったことも起こり得るはずです。つまり、人員の少ない企業こそ、そういった従業員の労務管理についてM&Aのときには、慎重に考え繊細な対応が求められるのです。
たとえば、筆者の会社は介護施設のM&Aにも携わっていますが、小規模な介護施設の従業員は10人以下です。
あるケースでは、職員がなぜM&Aのことを伝えてくれなかったのか、と経営者に訴えたことがありました。そしてその職員はM&Aをやめてもらう最後の手段として、ついには自分の辞職を持ち出したのです。
1人がそういう状態になってしまうと、他の職員たちが何らかの精神的影響を受けてもおかしくありませんし、少なくともいい影響を及ぼすということは考えにくいことです。もし、連鎖的に辞職をほのめかすようなことが起こってしまえば、M&Aを本当にやめざるを得ない状況に追い込まれるかもしれません。介護施設を売ることが経済的に最も安全な道なのに、他の人の納得を得られないために非合理な道を進むことになる危険性が出てきてしまうのです。
M&Aでは、労務管理が重要なポイントになってきます。労務リスクを洗い出すことが企業価値を高めることにもつながります。M&Aによって引き起こされる労務トラブルにも慎重になる必要があります。
M&Aを控えた従業員たちがどのような焦燥感や不安感をもつのか、給料や待遇についてどのような考えをもつのか、真剣に向き合わなければなりませんし、不満を表してきたときには、じっくりと話す場を設け、話を聞きつつ説得するということが必要になります。
しかし、社長自身がそこまで面倒見るというのはなかなか大変なことです。忙しくてそこまで時間は取れず、冷静に話し合うこともなかなか難しいものです。話す場を設けることすらままならないということも多いでしょう。
専門知識と経験を持った社労士に相談するのが適当
そんなときには社会保険労務士に頼るということを考えてください。社会保険労務士は会社経営におけるヒトの管理についてのエキスパートです。社長と従業員の利害を調整し、双方の利益を最大化することが彼らの使命でもあるのです。
そういったヒトに関する専門家がいれば、いつの間にか決まっていたM&Aに対する従業員の不満感、不信感などについてじっくりと本人から話を聞く場を設けることができますし、社長自身が話しにくい内容についても社会保険労務士が間に入って伝えていくことができます。
従業員のなかには、不安を吐露したかっただけで話を聞いてもらったら満足したという人もいますし、社長の意図をしっかりと聞けたことで冷静になって納得する人もいます。多くの場合、しっかりと話す機会と時間を設ければ、大きな問題に発展することはありません。会社に不穏な空気が流れているにもかかわらず放置しておくと、消火しにくい大きな問題となってしまうのです。
また、M&Aというのは通常の社会保険労務士ではあまり経験することがありません。ですが、M&A案件をよく扱う社会保険労務士であれば、従業員からの様々な話を聞いており、M&A特有の労務ケアに慣れていますから、社長本人よりもうまく説得できることも多いものです。特に少人数の会社のM&Aの場合には、頼りがいのある味方となるでしょう。
筆者の会社の場合は、M&Aに携わるようになってからさらに社会保険労務士の重要性に気づき、今では社会保険労務士の人員は愛知県でも有数の事務所になっています。男女で感じ方が違うことや、役職、立場、それぞれの状況によって違った悩みもあるかもしれませんが、多くの社会保険労務士を抱えていることで、より広範な悩みに対応できると考えています。専門家が対応すれば、労務リスクは格段に少なくなるはずです。