牛丼価格に見るインフレとデフレの実態
「失われた30年」という言葉がありますがデフレに着目してみると、実は日本では40年近くにわたって長期的なデフレが続いてきました。40年というのは、20歳で就職した人間が60歳で定年を迎えるほどの長さです。言い換えれば、今会社で働いている人のなかに、社会人としてインフレを経験した人はほとんどいません。もちろん私だって経験していません。つまり今の社会人はモノの価格が上がるということを、実感として信じられないのです。
いくつか具体例を挙げてみましょう。吉野家の牛丼並盛の価格ですが、1980年1月の時点で350円でした。それが41年後の2021年9月にはいくらになっていたかといえば税抜き価格で352円です。ほとんど変わっていません(参考:安部修二・伊藤元重『吉野家の経済学』日本経済新聞出版、2002年)。
税込み価格だと387円になるので、消費税分くらいは値上がりしたといえるかもしれませんが、それは企業の利益には入りません。値上げどころか、2000年代には税込み280円という時代すらありました。
2021年から突然、史上最高価格へ…
ところが、2021年10月に吉野家は輸入牛肉価格の高騰を理由として、牛丼並盛を税込み387円から426円へと早々に値上げしました。もちろん史上最高価格です。そのうち牛丼1杯が500円になるのではないかともいわれています。
いよいよ本格的にインフレがやってくるのかと思われますが、実はこのような価格の値上げは、日本が長期デフレに入る前のインフレ時代にはよくあることでした。
例えば、吉野家の牛丼は1958年の創業当時は1杯120円でした。それが、8年後の1966年には200円、さらに9年後の1975年には300円、わずか4年後の1979年には350円と、20年の間に3倍近くに値上がりしています。
1980年代より前はインフレ、つまりモノの価格が上がることは当たり前だと思われていました。それと同時に給料も上がっていたので、不満もありませんでした。私たちの親の世代では、モノの価格も給料も右肩上がりが当然だったのです。だから貯金よりも消費が活発になり、経済も回っていたのでしょう。もともと社会というのはゆるやかなインフレが正常な状態であり、近年のデフレのほうが異常事態だったのです。