アーティストが観ている世界
アーティストはよくこんな質問をされる。「どこからアイデアがわいてくるんですか?」正直なアーティストはこう答える。「そりゃ、盗むのさ」
アーティストは世界をどう観ているのだろう? まず、盗む価値があるものを探す。探したら、また別のものを探す。たったそれだけなんだ。こんなふうに世界を観ていると、何が「よい」もので、何が「悪い」ものかなんて、どうでもよくなってくる。目の前にあるのは、「盗む価値のある」ものと、「盗む価値のない」ものだけなんだから。
盗めるものは、そこらじゅうに転がっている。今日、盗むものが見つからなくても、明日、1ヵ月後、1年後に見つかるかもしれない。
無から生まれるものはない
小説家のジョナサン・レセムがこんなことを言っている。「何かを“オリジナル”と呼ぶやつは、十中八九、もとネタを知らないだけなんだ」
一流のアーティストなら、無から生まれるものなんて何もないと知っている。創作作品には必ずベースがある。100パーセント“オリジナル”なものなんてないんだ。聖書にもこんな一節がある。「太陽の下もとに新しきものなし」(『コヘレトの言葉』1章9節)
そう聞くと、気が滅入る人もいる。でも、僕にとっては希望だ。フランスの小説家、アンドレ・ジッドはこう語る。「言うべきことは、すでに誰かが言っている。だが、聞いている人がいなかったばかりに、言いなおすはめになるのだ」
「オリジナルでなければ」という肩の荷を下ろせば、僕たちはもう無から何かを作ろうなんて思わなくなる。他人の影響を避けようとするんじゃなくて、受け入れられるようになるんだ。
ゴミからはゴミしかつくれない
アーティストは収集家だ。でも、ためこみ屋じゃない。何が違うのかって? ためこみ屋は何でもかんでも集める。アーティストは取捨選択して集める。「これこそ」と思うものだけを集めるんだ。
こんな経済理論を知っているかい? いちばん親しい友人の収入を平均すると、その人の収入がわかるんだって。アイデアも同じだと思うんだ。君のまわりに何があるかで、君の限界が決まる。
僕の母親はよく、「ゴミからはゴミしかつくれない」と言っていた。昔は意味がわからなかったけれど、今ではよくわかる。君の仕事は、抜群のアイデアを収集することだ。抜群のアイデアを集めれば集めるほど、盗むものが増えていくのだから。
オースティン・クレオン
作家
アーティスト
講演家