「人間、うまれてきたかいがない」
■ケース5:元校長のチャレンジ
塚越敏典さんは、小学校、中学校の校長先生でしたが、定年後、ビール工場を作ってビール作りをセカンドキャリアにされました。
校長先生とビール工場、何ともそぐわない組み合わせです。よっぽど酒好きな先生なのかな、と想像しました。ビール工場といっても、息子さんが経営している洋風居酒屋の座敷部分を潰して、そこのスペースでビールを作っている形です。面積にすれば、たたみ十畳分ぐらいで、所せましとビールの発酵機材が置かれています。
どうしてビールを作ろうと思われたのですか? と聞いてみました。
「退職後は美術館の仕事を紹介されまして、週4日勤務で高待遇でした。しかし、これでいいのかと思ったのです。ずっと教え子たちに、失敗を恐れず挑戦しろ、何らかの分野で名を成す人間になれと言い続けてきましたが、自分はどうなのか、と」
美術館の仕事は給与も悪くない、ボーナスもある、環境が素晴らしい。しかし塚越さんは、このままのんびり第二の人生を送っていいのかと疑問を持ち始めたのです。
「今まで自分の人生に爪痕を残せたか? 60年経って何も残せていない気がした。
教員を37年やってきて、人のためになれたのか? 好きな地元の為に何ができたのか? 自分は何のために生まれてきたのか? これで終わっていいのか? このままで自分が生きたことを証明できるのか? 世のため人のために、まだできることがあるのでないか? 定年を迎えた自分にも、まだ挑戦すべきことがあるのでないか?」
こうして悶々とした日々を過ごしていたようです。ある時、友人と醸造体験ツアーに参加し、自分が作ったビールを仲間に振舞ったところ、思いのほか好評でした。これは面白い、このビールを地元で作ったらどうだろうか、これが起業のきっかけになるのでないか、と思われました。
では実際ビール作りはどのようにするのか確かめたいと思い立ち、栃木県内のブルワリーに修行に行くことを決意、通い始めることになったのです。
凄い行動力です。
このクラフトビール作りは今ブームになってきていて、これを地元の茨城県結城市で作れば面白いことになるのでないか。地元の産業を活性化するのにも貢献できる。だんだんと胸に灯がともりだしたのです。
しかし冷静に考えてみると、かなり厳しく苦労もすることは目に見えています。周りの友人に相談すると「面白いね、やってみたらいい」と興味本位、いわゆる他人事です。そして会うたびに「ビールはどうなった? どこまで進んでいる?」と尋ねられ、後に引けなくなったようです。
でも思うことがある。今の満足感、充実感よりも宿命、使命感が大きい場合は起業するべき。できない理由をあげるよりも、やりたい意欲やじっとしていられないという気持ちが上回る場合はやろう。
胸に手を当ててみた。山本有三の著書『路傍の石』の一節「たったひとりしかない自分を、たった一度しかない一生を、ほんとうに生かさなかったら、人間、うまれてきたかいがないじゃないか」が心に浮かんできました。
自ずと答えが出ました。
「起業しよう!」