老後資金2000万円問題の真偽
老後に2000万円が不足すると言われて久しいです。これは、金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」が作成した報告書「高齢社会における資産形成・管理」の中で、定年退職後30年間生きるとして、老後に約2000万円の生活資金が不足すると解釈できる試算を示したことに端を発しています。その後、世論の反発を受けて報告書を事実上撤回しました。しかし後の祭りです。
新聞やテレビも含めた各メディアがその試算をセンセーショナルに報じました。それに便乗して、証券業界・金融業界は「老後2000万円問題」というキャッチーなフレーズを掲げ、投資商品の販売の追い風とばかりに営業活動を活発化させていきました。書店には投資本がずらっと並び、ビジネス書の売上ランキングでは常に投資系の本が上位を占めるようになりました。
この「老後2000万円問題」が、証券業界・金融業界に大きなビジネスチャンスを提供したのです。
時代の節目節目でこういった出来事がきっかけとなり、社会のありようが変わっていくことは、これまで何度も繰り返されてきた現象で、特段驚くには当たりません。
2000万円足りないと言われて、不安になった人も多いことでしょう。しかしその実態は、本当に足りないかどうか自分で調べたり確かめたりもせず、ただメディアや証券会社・銀行等が出す情報に踊らされるがまま、漠然と不安心理に陥り、何か投資でもして対策しなければと思っているだけなのではないでしょうか。
先物投資やFXなどに手を出す高齢者…
そもそも、本当に2000万円足りないのでしょうか?
仮にあの試算が正しいとしても、2000万円は平均値です。私たち個々人の資金が足りるか足りないかは、統計的な平均値の話では片づけられないはずです。平均値という人格はこの世に存在しません。一人ひとりが、それぞれの生活環境やライフプランに向き合い、不足するかしないか、もし不足するとしたらどのように対策をしたらよいのか考える、というのが正しいあり方だと私は思います。
「2000万円不足するから投資をしなさい」ではあまりに乱暴です。日本ではこれまで、同族意識、横並び意識が強かったと思います。同じ日本人だから、多少の差はあっても似たような環境の中で、似たような生活をして、似たような人生を生きているはずだ。そんな意識や感覚です。
しかし実際には、同じ日本人でも大きな格差があるのが現実です。「東京一極集中」と
いう言葉が昔から使われてきましたが、どれほどの人がその本当の極端さ、残酷さを認識
しているでしょうか。
東京とそれ以外の道府県は、もはや外国と言ってもよいほどに環境が異なっています(※下記図表参照)。地域によって、また家族構成によって、生活水準によって、老後の生活に必要な金額は違います。
それを、画一的に2000万円足りないから投資して自分で賄えというのでは、キャッチコピーとしては優れているかもしれませんが、顧客のためにとるべき責任ある態度とは言えません。
これは、金融業界が儲けるために仕組まれた広報戦略です。老後不安を煽って投資行動を促す結果、金融商品が売れることになります。
投資信託、年金保険、貯蓄型生命保険など心理的ハードルが比較的低いものに始まり、個別株などを勧める金融会社も多いです。
さらに、老後不安から、先物投資やオプション投資などの複雑な金融派生商品(デリバティブ)、外国為替証拠金取引(FX)などに手を出す高齢者も少なくありません。これは決して極端な事例ではありません。
金融派生商品はその仕組みが複雑なので、当然勉強が必要です。投資信託も始めるのは簡単でも、決して簡単に儲かるわけではありません。金融知識もない人が、セールスに言われるまま投資してよいはずありません。