(※写真はイメージです/PIXTA)

「トリコモナス性感染症」は、世界で最も感染者数が多い性病といわれます。ただし、非常にありふれている疾患であるにもかかわらず、日本ではあまり周知されていません。トリコモナス性感染症とは何か、どのような症状やリスクがあるのか。新宿サテライトクリニック院長・北岡一樹医師が解説します。

トリコモナス性感染症とは?

トリコモナス性感染症はトリコモナス・バギナリスという原虫によって引き起こされます(図表1)。原虫とは、生物で皆さんが習ったアメーバのようなものを想像していただければと思います。

 

(Šoba B et al., Acta Dermatovenerol Alp Pannonica Adriat. 2015)
[図表1]トリコモナス・バギナリス (Šoba B et al., Acta Dermatovenerol Alp Pannonica Adriat. 2015)

 

トリコモナス性感染症について、一見、馴染みのないように思われると思いますが、実は、外陰膣カンジダ症・細菌性膣症と並んで、女性の膣の不調を引き起こす三大感染症の1つであり、男性の尿道炎の原因でもあります。一方、無症状のままトリコモナスに感染していることも多いです。

 


[図表2]女性の膣の不調を引き起こす三大感染症

 

また、性感染症として有名であり、有病率が高いのは、クラミジア・淋菌感染症ですが、トリコモナス性感染症は、クラミジア・淋菌感染症と同等かそれ以上の有病率であると推測されています(*1)。実際の有病率については様々な報告がありますが、大規模なものとして、全米健康・栄養調査(NHANES)により、性成熟期女性の3.1%と報告されています(*2)

 

さらに、若年層が発症の中心となる他の性感染症と違って、トリコモナス性感染症においては若年層だけでなく、中年層にも感染ピークがあります。トリコモナス感染女性の年齢分布報告において、ピークは21-22歳と48-51歳でした(*3 図表2)。

 

[図表3]トリコモナス性感染症の有病率、年齢分布

 

非常にありふれている疾患であり、さらには不妊・がんの原因にもなるため、本来は、クラミジア・淋菌感染症と同等の水準で周知される必要があり、検査を受けておく必要がある疾患です。

 

[図表4]トリコモナスを放置するリスク

トリコモナスはどこから感染する?

トリコモナス・バギナリスは泌尿器系の扁平上皮細胞(尿道、膣)に感染します(*4)。タオル・衣服などでの生存も報告されてはいますが、それらを介した感染は証明されていません(*5)。したがって、事実上性交渉によってのみ感染します(*6)

感染力はどれくらい?

性交渉における正確な感染率は不明ですが、トリコモナス感染女性の性的パートナーのうち、70%からトリコモナスが検出されたという報告があり(*7)、高確率の感染力が推定されます。

トリコモナスの潜伏期間は?

潜伏期間は4-28日と報告されています(*8)

トリコモナスの症状

女性の場合、悪臭のあるおりもの、膣のかゆみ・灼熱感、排尿困難、頻尿、下腹部痛、性交痛などの症状を来します。

 

特に悪臭のあるおりものが特徴的な症状と言われてはいますが、この症状を呈するのは11~17%と報告されています(*9)。また、おりものの不調が中心となる疾患としては、トリコモナス性感染症以外に外陰膣カンジダ症・細菌性膣症があり、それらの見分けは難しく、自己診断では30%程度しか正しくないと報告されています(*10)。実際の診療でも、外陰膣カンジダ症や細菌性膣症と思って来られた方を検査するとトリコモナスが見つかるということをよく経験します。さらに、感染者の70〜85%が無症状です (*1)

 

男性の場合、一般的な尿道炎として、透明または粘液性の尿道分泌物、排尿困難を来しますが、他に尿道炎の主要な原因となる淋菌・クラミジア感染症との明確な違いはありません。そして、4分の3以上の症例で無症状です (*7)

 

以上、無症状のこともあり、典型的な症状を来したとしても他の疾患との区別が難しく、発見が困難な疾患です。

 

また、検査においても、顕微鏡による検査が基本とされてきましたが、精度に劣ることが示されてきています。正しい確定的な検査のためには、TMA法と呼ばれる手法による核酸増幅検査を行う必要があります。感度(病気が存在する場合に、正しく陽性と判定する確率)として、顕微鏡検査の65%に比べて、核酸増幅検査(TMA法)では98%と報告されています(*11)

 

検査においても、検査法によっては見逃しがあり、専門の病院での検査が重要となります。

あまり知られていないリスク

冒頭でも述べたように、女性においてトリコモナスに感染していることは、子宮頚部がん(*12)、不妊(*13)や早産、低出生体重児の出産などと関連しています(*14)。男性においても、トリコモナスに感染していることが、前立腺がん、不妊と関連します。

トリコモナスの治療・予防方法

トリコモナス性感染症の治療においては、メトロニダゾールという内服薬が中心となります。

 

ただし、日本のガイドラインと世界のガイドラインでは治療用量・期間が異なっており、ガイドラインの見直しを含めた国内研究・精査の充実が必要な状況です。実際に診療していても、日本のガイドラインの治療用量・期間では治癒せず、世界のガイドランの治療用量・期間により治癒することをたびたび経験します。

 

また、アメリカでは現在、メトロニダゾールが効きにくいトリコモナスが4%程度存在していると報告されており(*15)、薬剤耐性化が進行しています。将来的には、治癒できなくなる可能性があり、新たな治療薬の開発を含めた対応が喫緊の課題となっています。

 

トリコモナスに感染するリスクは、コンドームの使用によって減少させることができます。しかし、性器挿入がなくても、性器同士が接触するだけで感染するため、性器接触が始まる前からコンドームを装着していなければ、感染は防げないことに留意する必要があります。

 

以上、世界で最も信頼性のあるメタアナリシス(様々な研究・文献を統合して判断すること)エビデンスの1つであるUpToDate(https://www.uptodate.com)をエビデンスとして記載しております。

 

【*参考文献】

1) Workowski KA, Bachmann LH, Chan PA, Johnston CM, Muzny CA, Park I, Reno H, Zenilman JM, Bolan GA. Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021. MMWR Recomm Rep. 2021 Jul 23;70(4):1-187.

 

2) Sutton M, Sternberg M, Koumans EH, McQuillan G, Berman S, Markowitz L. The prevalence of Trichomonas vaginalis infection among reproductive-age women in the United States, 2001-2004. Clin Infect Dis. 2007 Nov 15;45(10):1319-26.

 

3) Stemmer SM, Mordechai E, Adelson ME, et al. Trichomonas vaginalis is most frequently detected in women at the age of peri-/premenopause: an unusual pattern for a sexually transmitted pathogen. Am J Obstet Gynecol 2018; 218:328.e1.

 

4) Kissinger P. Epidemiology and treatment of trichomoniasis. Curr Infect Dis Rep. 2015 Jun;17(6):484.

 

5) Crucitti T, Jespers V, Mulenga C, et al. Non-sexual transmission of Trichomonas vaginalis in adolescent girls attending school in Ndola, Zambia. PLoS One 2011; 6:e16310.

 

6) Trichomoniasis- CDC Fact Sheet. Centers for Disease Control and Prevention. January 31, 2017. www.cdc.gov/st d/trichomonas/stdfact-trichomoniasis.htm (Accessed on September 05, 2022).

 

7) Seña AC, Miller WC, Hobbs MM, et al. Trichomonas vaginalis infection in male sexual partners: Implications for diagnosis, treatment, and prevention. Clin Infect Dis 2007; 44:13.

 

8) Hesseltine H. Experimental human vaginal trichomoniasis. J Infect Dis 1942; 71:127.

 

9) Landers DV, Wiesenfeld HC, Heine RP, Krohn MA, Hillier SL. Predictive value of the clinical diagnosis of lower genital tract infection in women. Am J Obstet Gynecol. 2004 Apr;190(4):1004-10.

 

10) Ferris DG, Dekle C, Litaker MS. Women’s use of over-the-counter antifungal medications for gynecologic symptoms. J Fam Pract. 1996 Jun;42(6):595-600.

 

11) Huppert JS, Mortensen JE, Reed JL, Kahn JA, Rich KD, Miller WC, Hobbs MM. Rapid antigen testing compares favorably with transcription-mediated amplification assay for the detection of Trichomonas vaginalis in young women. Clin Infect Dis. 2007 Jul 15;45(2):194-8.

 

12) Yap EH, Ho TH, Chan YC, Thong TW, Ng GC, Ho LC, Singh M. Serum antibodies to Trichomonas vaginalis in invasive cervical cancer patients. Genitourin Med. 1995 Dec;71(6):402-4.

 

13) Grodstein F, Goldman MB, Cramer DW. Relation of tubal infertility to history of sexually transmitted diseases. Am J Epidemiol. 1993 Mar 1;137(5):577-84.

 

14) Cotch MF, Pastorek JG 2nd, Nugent RP, Hillier SL, Gibbs RS, Martin DH, Eschenbach DA, Edelman R, Carey JC, Regan JA, Krohn MA, Klebanoff MA, Rao AV, Rhoads GG. Trichomonas vaginalis associated with low birth weight and preterm delivery. The Vaginal Infections and Prematurity Study Group. Sex Transm Dis. 1997 Jul;24(6):353-60.

 

15) Kirkcaldy RD, Augostini P, Asbel LE, Bernstein KT, Kerani RP, Mettenbrink CJ, Pathela P, Schwebke JR, Secor WE, Workowski KA, Davis D, Braxton J, Weinstock HS. Trichomonas vaginalis antimicrobial drug resistance in 6 US cities, STD Surveillance Network, 2009-2010. Emerg Infect Dis. 2012 Jun;18(6):939-43.

 

 

北岡 一樹

医療法人社団予防会新宿サテライトクリニック 院長

早稲田大学ファージセラピー研究所 招聘研究員

 

三重大学医学部卒業。臨床研修後、名古屋大学で様々な薬剤耐性菌研究に携わり、博士(医学)取得。その後、早稲田大学で招聘研究員として研究しながら、医療法人社団予防会新宿サテライトクリニックで性感染症診療も開始。基礎医学と臨床医学を繋ぐ、研究医かつ臨床医であることを目指し、現在は新規感染症治療法(ファージセラピー)実現の研究に注力している。

ヒト感染症だけでなく、犬や猫の感染症も研究対象とし、犬猫の感染症研究費を集めるクラウドファンディングも実施して成功を収めた。

また、医療情報の発信も予防会のコラムに加えて、クラウドファンディングをきっかけとして各種SNSで行っている。

 

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※本記事は、オンライン診療対応クリニック/病院の検索サイト『イシャチョク』掲載の記事を転載したものです。