(画像はイメージです/PIXTA)

予期せぬ別れに直面したとき、人は何を思い、どう乗り越えるのか。書籍『もう会えないとわかっていたなら』(扶桑社)では、遺品整理会社、行政書士、相続診断士、税理士など、現場の第一線で活躍する専門家たちから、実際に大切な家族を失った人の印象深いエピソードを集め、「円満な相続」を迎えるために何ができるのかについて紹介されています。本連載では、その中から特に印象的な話を一部抜粋してご紹介します。

「お義父さんに、恩返しがしたい」

そんなことよりも生きている人間の今後の生活のほうが大切だと真希さんは話しますが、徹さんは絶対に首を縦に振りませんでした。

 

「じゃあ、どうするっていうのよ」

 

「俺たちで遺産を相続すればいいんだよ」

 

「それじゃあ、借金を背負うことになるのよ」

 

「そうだね」徹さんは深く頷きました。「それに、そのまま借金が残れば子どもたちにまで借金を残すことになる」

 

「だったら……」

 

真希さんの声に徹さんが言葉を被せます。

 

「全部、俺に返させてほしいんだ」

 

私は徹さんに、そこまでする理由を尋ねました。

 

「今の俺があるのは、お義父さんのおかげなんです」

 

徹さんは大きな会社の役員を務めていました。その会社に入るきっかけを作ってくれたのが実さんだったというのです。その後も実さんは、徹さんを気にかけてくれ、幾度となく仕事の相談に乗ってくれたのだそうです。そして、その会社で徹さんは真希さんと出会い、結婚したのです。

 

徹さんは真希さんの顔をまっすぐ見ました。

 

「お義父さんに、人生を変えてくれた恩返しがしたいんだ」

 

その言葉に、もう誰も何も言いませんでした。そして、真希さんと奥様は涙を零していました。

 

その後、真希さんが東南アジアに足を運ぶなど、海外とのやりとりも多くあり、いろいろと大変な手続きもありましたが、すべての相続を無事終わらせることができました。

 

「旦那に、足向けて寝られなくなっちゃったわ」

 

真希さんはそう言って、大きな声で笑いました。

 

あえて負債を相続するというとても珍しい形の相続でしたが、人が人を思う気持ち、人と人との繋がりの大切さが感じられた相続でした。

 

本連載は、2022年8月10日発売の書籍『もう会えないとわかっていたなら』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございます。あらかじめご了承ください。

もう会えないとわかっていたなら

もう会えないとわかっていたなら

家族の笑顔を支える会

扶桑社

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