(画像はイメージです/PIXTA)

予期せぬ別れに直面したとき、人は何を思い、どう乗り越えるのか。書籍『もう会えないとわかっていたなら』(扶桑社)では、遺品整理会社、行政書士、相続診断士、税理士など、現場の第一線で活躍する専門家たちから、実際に大切な家族を失った人の印象深いエピソードを集め、「円満な相続」を迎えるために何ができるのかについて紹介されています。本連載では、その中から特に印象的な話を一部抜粋してご紹介します。

予期せぬ1,000万円の負債

三年前のその日、私は大好きなお店でランチを楽しんでいました。その後、会計を済ませた私がお店を出ようとすると、厨房の奥から出てきたご婦人に呼び止められました。

 

「相続診断士の方ですよね?」

 

そのお店のオーナーの奥様でした。私は以前、そのお店を借りて相続セミナーを開いたことがあったので、奥様はそれを覚えていて声をかけてきてくれたのです。

 

最近ご主人を亡くされ、相続の相談をしたいとのことでした。私は日をあらためて、奥様の話を聞きに伺いました。

 

ご主人の実さんは個人で法人をいくつも持ち、手広く商売をしているような人でした。晩年は東南アジアの国に住み、そこにも法人を持っていたそうです。それが数年前、大きな病気が見つかり、帰国して緩和治療を行っていたのですが、帰らぬ人となってしまったのです。

 

ところがご主人の死後、いくつもの負債が見つかったのです。なかには東南アジアにあるものもありました。

 

「私にはどうしたらいいのかわからなくて……」

 

ご夫婦には五〇歳前後の長女、長男、次女という三人の子どもがいました。遺言書などは見つかっていないということなので、奥様と三人の子どもたちが相続人となります。

 

後日、今後の対応を協議するため、相続人に集まっていただきました。お子さんたちはそれぞれが夫婦揃っての参加です。ご主人を亡くして気落ちしている奥様に代わって、長女の真希さんがその場をまとめていきます。元気がよく、言葉も多い真希さんでしたが、実さんの負債を計算し、その総額が残されている資産の額を超えた頃から、ため息が多くなりました。

 

そこに東南アジアにある負債を加えると、実さんの資産は一千万円ほどのマイナスになる結果になりました。

 

「こんな借金、どうしたらいいのよ」

 

うなだれる真希さんに、私は相続放棄の提案をしました。相続を放棄すれば、借金は相続する必要はありません。三人の子どもたちは、乗り気でしたが、奥様が尋ねてきました。

 

「ここにいる私たちが放棄したら、その借金はどうなるんですか?」

 

「ここにいる皆さんと、皆さんのお子さんが相続を放棄するということであれば、相続順位が下位の実さんのご兄弟に相続されることになります」

 

奥様は「そんな迷惑かけられないわ」と首を横に振りました。

 

もちろん、ご兄弟も相続を放棄することはできますが、実さんに負債があったという連絡も届いてしまうことになります。私がそこまで説明すると、それまでずっと黙っていた真希さんのご主人、徹さんが初めて口を開きました。

 

「お義父さん、それだと嫌がるんじゃないかな……」

 

実さんと兄弟たちは反りが合わず、もう長い間、会ってもいなければ、連絡も取っていない間柄だったのだそうです。そんな人たちに負債があったことを知られたくはないだろう、と徹さんは言うのです。

 

次ページ「お義父さんに、恩返しがしたい」

本連載は、2022年8月10日発売の書籍『もう会えないとわかっていたなら』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございます。あらかじめご了承ください。

もう会えないとわかっていたなら

もう会えないとわかっていたなら

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扶桑社

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