その奇抜な言動で、常に物議を醸し続けてきたイギリスのボリス・ジョンソン首相が、与党・保守党の党首を辞任します。2016年6月に行われた国民投票以来、イギリスではEU離脱をめぐって国論が二分し、政治が混乱しました。これが離脱に向けて急速に進み始めたきっかけは、2019年7月のジョンソン首相の就任でした。

チャーチルのことを強烈に意識しているジョンソンが書き下ろした評伝『チャーチル・ファクター』には、チャーチルこそ統一ヨーロッパ運動の理念的創設者であったことが強調されていいます。しかし、一方でチャーチルは「統一ヨーロッパ」に距離を置いているようにみえます。

ボリス・ジョンソン著『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)から、抜粋してお届けする。

チャーチルは統一ヨーロッパを望んだが

チャーチルの世界観では、イギリスは当然ながらヨーロッパの(おそらく最強の)大国だった。しかしそれはイギリスのグローバルな役割の限界を意味するものではなかった。たしかに彼は統一ヨーロッパを望んだ。イギリスには、これほどの悲惨を味わった大陸に幸福な連合をもたらすことを助ける重要な役割があると信じていた。しかしその役割とは、連合の契約当事者というより、スポンサー、つまり立会人になることだった。

 

イギリスは教会の中にいることを望みはしたが、結婚の当事者としてではなく、先導役、あるいは司祭を務めるつもりだった。チャーチルがイギリスをヨーロッパ連合の一部として見ていなかったという根拠は、彼の行動に表れている。彼が再び首相になったのは、シューマンプランをめぐるあの1950年の論戦のわずか数カ月後のことだった。

 

もし彼が本当にイギリスを石炭鉄鋼共同体に加盟させたかったのなら、あのときに加盟申請をすることは間違いなく可能だったのである。彼には威信があったし、マクミランやブースビーといった人物の支持もあった。あの論戦で処女演説をした若きエドワード・ヒースも加盟を強く主張していた。

 

しかしチャーチルは権力を握るやいなや、実質的な掌返しをし、親ヨーロッパ主義がアンソニー・イーデンをはじめとする他の保守党員に人気がないことが明らかになるとすぐに熱意を失ったという人もいる。そうだとしたら、チャーチルは欧州懐疑派を懐柔するために意見を変えたジョン・メージャーのようでもある。

 

私はしかし、この見方はチャーチルにとって、また、彼の掲げたビジョンにとって公正な評価だとは思えない。1950年6月27日の下院における重要な演説に立ち戻ってもらいたい。彼は演説で、自分のヨーロッパ観を全面的に繰り広げているのである。

 

彼はこの演説で、イギリス人が今日も抱いている不安の核心にふれた。すなわち「イギリスの正確な役割とは何か」。

 

私たちが自分自身のために決めなければならないことは――じっくり考慮するための時間は十分にあります――いずれヨーロッパ連邦連合のようなものが実現したとき、イギリスはそれとどのような関係を取り結ぶべきかということです。

 

それは今決めなくてもかまわないことですが、私は大いなる謙虚さをもって、明白な答えを提示します。私は今予見できるいかなる時期においても、イギリスがヨーロッパに限定された連邦連合のたんなる一メンバーであるということは想像できません。

 

私の考えでは、障壁の除去、和解のプロセス、恐るべき過去の幸いなる忘却、そしてわれわれが現在及び将来直面する共通の危険などからこの大陸に発生するすべての動きをイギリスは支持し、その前進に貢献するべきであります。

 

もちろん、ヨーロッパのための堅固で具体的な連邦憲章はまだ現実的ではありませんが、私たちはあらゆる方法を用いて、ヨーロッパ統一に向けての動きを援助し、主唱し、支援すべきであります。イギリスはこれと緊密に提携する手段を断固とした決意で求めなくてはなりません。

 

おわかりだろう。チャーチルはイギリスが「緊密に結びつく」ことを欲しながら、「一メンバー」であることはありえないと考えているのである。これは掌返しではない。見解を急に変えたわけでもない。これは彼が自身の政権で掲げた政策そのものである。

 

次ページチャーチルが交渉していたらEUは違った?

※本連載はボリス・ジョンソン氏の著書『チャーチル・ファクター たった一人で歴史と世界を変える力』(プレジデント社)より一部を抜粋し、再編集したものです。

チャーチル・ファクター たった一人で歴史と世界を変える力

チャーチル・ファクター たった一人で歴史と世界を変える力

ボリス・ジョンソン

プレジデント社

いま、世界で最も注目されているイギリスのボリス・ジョンソン首相が、与党・保守党の党首を辞任するという。その奇抜な言動で、常に物議を醸し続けているジョンソン首相。 彼が尊敬してやまないウィンストン・チャーチルも傲…

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