「京ことばには、耳に流れてくる優雅さには似合わない〈毒舌針〉が仕込まれている――」京都在住60年、巧妙かつ恐ろしい言語戦略と、はんなり優雅な物腰が同居する「京都ジン」を見聞きし、体験してきた文筆家の大淵幸治氏が、本格的「京ことば」について解説します。本記事は「きつきつ堪忍え」「しばき倒しときますわ」の意味を探ります。

【しばき倒しときますわ】

関西の強調語もしくは強意語に「~し倒す」というのがある。

 

同根のものに「~しまくる」というのもあるが、大体において、この語が用いられる場合は、あまり品がよろしくない情況において使われる場合が多い。

 

「しばき倒すぞ」や「しばきまくったろか」といったのが、それである。両者ともその言葉を添えることによって、単なる「しばく」ではない強い意味が備わってくる。

 

このように使うことによって、話者は、自らの本気度を相手に示しているわけだ。

 

だから、相手は、そのぶん警戒ないし身構えることになるわけで、脅し文句としては相当、効果の期待できる表現となる。ただ、注意しなければならないのは、そこに「~しときます」という言葉が配されていることだ。

 

「しときます」ということは、相手の知らないところで、その行為を行うということを意味する。したかどうかは、非話者には確かめようがない。

 

したがって、その言明を承認する場合、聞き手はその行為の実施者となるであろう相手にその権限を委ねるしかない。実際に相手が、その言明内容を実施するか否か、または実施したか否かの確認も別問題となる――。

 

要は、腹立ちを覚えた相手の心を宥和し満足させる意味で、その怒りの程度を上回る制裁(しばき倒し)を行うことを約した時点で、二人のやり取りは終了し、謝罪としての行為は成立したことになるのだ。優れて強烈な謝罪表現だといえよう。

 

…それで勘弁したってェな

表題は、しばくという行為が物理的な暴力を伴うところから、本気度にハンパはないと思ってもらえるが、これを「どやしつけときますわ」と言い換えても意味は同じだ。

 

仮に子どもがおイタをしたとしても大の大人がしばき倒したり、どつき回したりすることは、まずあり得ない。そういう意味では、まだ「どやしつけときますわ」のほうが教育上、好もしい対策といえるかもしれない。

 

いずれにせよ、これをいう話者はそうした強意の言葉を付け加えることによって、謝意を倍増させているわけで、いわれたほうとしては、それなりの満足感を得られ、溜飲が下がる思いがすることだけは間違いないだろう。

 

とある本で知った、実際にあった話――。

 

あえて実名は伏せ、事例のみを援用して書くが、ある日、Mさんが道を歩いていると、植栽に水をやっている老人がいた。水やりのホースは長く、家のなかから引いているらしかった。そこへたまたま通りかかった男性が、急に動いたホースに躓(つまず)きそうになり、周囲に聴こえるほど大きな声で老人を叱った。

 

水やり場所の移動のため、老人がホースを引っ張ったせいだった。老人はすぐに謝ったのだが、その態度が気に入らなかった男性が大声を張り上げたのだ。

 

その声を聞きつけて家から出てきた、老人の奥さんと思(おぼ)しき女性。怒鳴り声の理由を聞いて、力強くいった。「わかりました。足腰立たんようにしばき倒しときますわ」

 

その男性、ああ、そうしてくれといって、笑いながら去って行ったという。

 

 

大淵 幸治

 

 

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※本記事は、大淵幸治氏の著書『本当は怖い 京ことば』(リベラル社)より一部を抜粋・再編集したものです。

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