中国の政治スローガン「共同富裕」実施で予想される、今後の〈紆余曲折〉

前回の記事『習近平国家主席が実現を急ぐ「共同富裕」…実施によって生じる効果とその留意点』において、習近平国家主席が掲げた新たなスローガン「共同富裕」を実施するにあたっての留意点として、次の5項目『①国民経済計算上の個人部門所得シェア』『②2次分配」『③3次分配』『④曖昧な「高すぎる収入の合理的調整」』について詳述した。最終回はさらに3つの留意点を解説するとともに、今後「共同富裕」実施にあたって予想される紆余曲折を展望する。

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留意点⑤ 違法取引、黒色収入・灰色収入への対応強化

人民銀行は、預金を含む大口現金取引がマネーロンダリング(資金洗浄)やテロ支援融資など違法取引に関連していることが多いとして、すでに2020年から、浙江、河北、深圳を試験地域として2年間の試験期間で、商業銀行に取引主体の詳細情報、資金の出所や使途などを詳細に審査することを求めているが(河北10万元以上、深圳20万元以上、浙江30万元以上の現金の預入または引き出し)、おそらくこの通知と混同されて、「2021年9月1日から、10万元以上の個人預金が一律に厳格な調査対象になる。預金者は主体的に調査を受ける必要がある」との噂がネット上で飛び交った。銀行業界は人民銀行からそうした通知は受けていないとして噂を否定したが、一部中国ネット上では、「共同富裕とはこのことか」「銀行は当局側強盗」と反発する声が挙がった※1

 

※1 2021年8月28日付南方網、8月下旬海外華字各誌

 

噂は「共同富裕」スローガンが浮上したタイミングで、当局批判のため出された可能性が高いが、今後、当局が違法収入への対応を強化する動きが強まり、それに伴って社会に一定の摩擦や混乱が生じる可能性を予感させる。

 

2022年1月、人民銀行、銀行保険監督管理委員会、証券監督管理委員会は、上記浙江等での試験的実施の正式な全国実施として、3月から金融機関に対し、5万元以上、外貨については1万米ドル以上の現金の預入と引き出しについて、顧客確認(KYC)、現金の出所と使途の把握・登録を義務付ける規定(办法)を発表※2

 

人民銀行は近年ネットや電話などを使った詐欺(電信詐騙。2021年37万件)などの犯罪行為が増加しており、匿名や偽名で現金取引を行う特徴が見られることから、一般国民の利益を守り、資金洗浄(マネーロンダリング)やテロ資金供与の防止を図るためとしているが、「共同富裕」政策も関係していることは間違いない。人民銀行はまた、5万元を超える現金の預入・引き出しにかかる業務は全現金関連業務の2%にすぎず、顧客の利便性に影響を及ぼすことはない点を強調している。ただ一般国民からの反発は大きく、経済誌鳳凰財経誌上だけでも、8000を超えるネット民から「私権侵害だ」との声が寄せられているという(2月22日付万維読者中国瞭望)。

 

※2 その後2月下旬、監督当局は「技術的理由により」3月からの実施を暫定的に遅らせることとし、当面は現行ルールが適用されるとの公告を発出。一般の不満が影響したかどうかは不明だが、現下のマクロ情勢が低迷していることから金融収縮が懸念されたこと、中小金融機関から新ルールへの対応を整えるのに時間を要するとの意見が出されたことが大きいと思われる。他方、「5万元以上の現金取引をするのは一部富裕層に限られており、一般庶民は関係ない。これを暫定停止するというのはお笑(搞笑)」との声もある(2月23日付新唐人)。

留意点⑥ 「見える手」に依存した経済運営

元来習政権は合併集中を通じて国有企業を巨大化した後、党の国有企業に対する管理を強める「国有企業改革」にみられるように、市場機能重視と言いつつ、実は市場の「見えざる手」より党・政府の「見える手」を信用する傾向が強い。

 

今後「共同富裕」スローガンの下で、労働者の賃金や各種ベネフィットを決める企業プロセスに党・政府が介入を強める可能性、教育や医療サービス提供における政府の役割が改めて重視され、これらサービスを民営化する動きが後退する恐れがある。

 

巨大私企業に対しても、すでにアリババ、テンセント、配車サービス大手のディディ(滴滴出行)などに2021年来、反独占、ネットやデータのセキュリティなど様々な名目で調査を行い、罰金を科す動きが強まっている。

 

中央財経委後、2021年8月末に開催されたもう1つの党中央直属の重要委員会である全面深化改革委も「共同富裕戦略促進」の文脈で、「反独占強化、公平競争政策実施、公平な競争環境の形成」を強調。以上はすべて、「共同富裕」を通じて、党・政府の市場への介入、私企業の管理、腐敗汚職摘発が強まる可能性を示唆している。

留意点⑦ 「共同富裕統計モニターシステム」の構築

国家統計局が2021年末に開催した全国統計工作会議で2022年統計業務の重点任務の1つとして掲げた。成長率や1人当たり平均所得は当然として、どういった格差指標で「共同富裕」の進捗をモニターすることになるのか、政策動向を占う鍵になる。

「共同富裕」提唱後、「保守化」と「軌道修正」が交錯

「共同富裕」が注目され始めた直後の2021年9月、経済専門家から「市場期待の安定が重要」として、言外に「共同富裕」を巡る動きが市場期待を不安定化させる恐れが強いことを指摘する意見(人民大学副校長)、「共同富裕スローガンは市場への信頼を損ない、市場への介入が増える結果、共同貧困に向かう」(北京大学教授)など、反発・懸念の声が多く挙がった。

 

さらに体制内からも、「反独占の議論は公平であるべき。まずは国有企業や行政の独占に対処すべき」(国務院参事)、「資本市場の開放をさらに進める」(証券監督管理委副主席)、「現在も今後も民間経済の発展を支援する方針にいささかの変更もない」「経済開放堅持」(劉鶴副首相)などの発言が相次いだ。

 

記事『中国共産党が掲げるスローガン「共同富裕」から透けて見える、政治経済の実情』でも紹介した「深刻革命」論評に関連し、官製メディアの1つである環球時報が「(革命などと言うのは)誇張で、重大な誤判断。人々を誤った方向に導く」(同誌主管)とし、同論評を掲載した人民日報自体もその後、「監督規範の堅持と発展促進は両手のようにどちらも重要」と題する記事を掲載し、「共同富裕」には触れず、「監督は特定の業種や企業を狙ったものではない。民間経済や対外開放に関する当局の方針に変更なし」とした

 

2021年末の中央経済工作会議は(連載『2022年の中国…「中央経済工作会議」を巡る動向』参照)、「内外環境が変化する中で正確に認識把握すべき重要で新たな理論実践上の問題」の1つとして「共同富裕」を挙げ、再度「慈善事業支持」に触れたが、会議直後の某フォーラムで、事務方トップとみられる韓文秀党中央財経委弁公室副主任は、「3次分配は道徳を人質にしての強制(道徳綁架)、施し(福利主義)をすることではない」と説明。

 

劉鶴副首相名で人民日報に掲載された「質の高い発展を実現しなければならない」とする論評が「平均主義と殺富済貧の2つを行わない(不搞)」としたことを引用し、有力金融学者の李揚国家金融発展実験室(NIFD)理事長は「2つの不搞は、共同富裕目標が決して非経済的、暴力的手段によって実現されるものではないこと、中国に長年まん延する平均主義や欧米の福利主義とは厳格に一線を画す政策方向を明確に示している」と主張※3

 

※3 2021年11月24日付人民日報、2022年1月17日付NIFD研究評論

 

工作会議は上述の通り、まずは成長重視の姿勢を示し「高すぎる収入」には言及せず。さらに「資本の特性と行為規律を正確に認識把握」の文脈で「非公有経済発展支援は揺るぎない」と明記。経済への影響や「第2次文革到来」といった政治的影響を懸念する声が出る中、事務方はやや軌道修正している感がある。

 

他方、注目された習氏の2022年国民向け新年あいさつは「共同富裕」に明示的には言及しなかったが、毎年あった「改革開放」の文字が消え、また1月18日は南巡講話※4の30周年に当たったが、深圳特区報を除き、南巡講話を祈念する官製メディア報道や党・政府の紀念活動など目立った反応がみられないことから※5、習氏がさらに「毛回帰」「左傾化」、つまり保守化を強めているとの評価がある。

 

※4 鄧小平が1992年1月18日〜2月21日、武昌(湖北省)から始まり、広州、深圳、珠海、上海などで行った一連の講話。「改革開放を進めなければ死が待っているだけ」「発展こそ根本道理(発展才是硬道理)」「計画と市場はどちらも経済手段」「社会主義の本質は生産力を解放し…(中略)…両極分化をなくし、最終的に共同富裕を達成すること」とし、市場経済は社会主義か資本主義かという党内論争に終止符を打ち、その後の改革開放を方向付けたとされている。

 

※5 海外華字メディアの中で、親中かつ江曽派に近いとされる多維新聞は専門欄を設け、1月18日から2月初にかけ関連記事を特集。

 

ただ、対外的には海外の懸念を意識してか、1月世界経済フォーラムでは、昨年建党100年を迎えた中国は社会主義現代化国家全面建設に踏み出したとし、「国際情勢にいかなる変化があろうとも、改革開放を揺るぎなく推進。中国の改革開放は永遠に路上にある」「共同富裕実現で平均主義をとらない。まずパイを大きくし、その後に合理的制度を通じ分配。水位が高くなれば船も高く上がる(水涨船高)」と発言。

 

2022年3月全人代での李克強首相の政府活動(工作)報告は、2022年経済運営は何よりもまず安定を重視するとしつつ、「人民を中心とする発展思想を堅持し、共同奮闘に依拠して共同富裕推進を確固たるものにし(扎実)…」としたが、1時間強に及ぶ包括的な経済演説で「共同富裕」という用語に触れたのはこの部分だけで、特に新たな政治スローガンとしてプレイアップする感はなかった。党ではなく、習氏と必ずしも経済に対する考えが一致しない李克強首相が率いる国務院(政府)の報告ということもあるのかもしれない。

 

中国は本年秋、党指導部人事を決める5年に1度の党大会(第20回)を予定している。3期目続投を狙っているとされる習氏は、新たなスローガンで世論を盛り上げようとしているのかもしれないが、「共同富裕」推進には紆余曲折が予想される。

 

 

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1976年、大蔵省入省。1990年、アジア開発銀行理事代理、2000年、香港理工大学中国商業センター客員研究員。2003年、アジア開発銀行研究所総務部長、2006年以降、財務省神戸税関長、財務省財務総合政策研究所次長、財務省大臣官房政策評価審議官、2010年から大和総研常務理事等の要職を歴任。2015〜21年、香港の日本ウェルス(NWB)独立取締役。一橋大学卒。香港中文大学普通話課程修了。

著者紹介

連載中国「共同富裕」新たな政治スローガンの背景とその余波

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