「共同富裕」台頭の背景と具体的論点
周知のとおり、一般的な経済理論によると、市場経済は効率面で最適化を達成するが(いわゆるパレート最適)、なんらかの公正な分配を自動的には実現しない。このため、中国の「共同富裕」や最近のわが国での「新資本主義」の議論を待つまでもなく、経済哲学・倫理学の分野では長年にわたり「社会的公正」についての議論が行われてきた。
改革開放の過程で市場経済的要素を取り入れてきた中国が直面している効率と分配の公正に関わる問題の本質は、市場と政府の関係という論点も含め基本的に欧米と同じだが、(『根本的な問題――政府が市場にどう向き合っていくのか?』参照)市場経済に「社会主義」の冠が付く中国の場合、共産党統治の正当性を国民に示す必要上、欧米以上に分配問題に踏み込んで対応することに迫られている。
米国ではワシントンポスト誌が2021年12月、また雑誌「Palladium」10月号が王沪寧常務委員についての論評を掲載。「王氏が中国夢、一帯一路、反腐運動、習思想などを考案。中国の政策を決め習氏に大きな影響力を持つ。自由主義世界にとって最も危険な人物は習氏ではなく王氏」とし、「共同富裕」も「王思想」の勝利と脅威を示すものとした。
それによると、
①王氏の思想はマルクス主義、中国の伝統的儒教思想、欧米の国家理念、民族主義などを融合させて「中国特色社会主義」建設を狙ったものだが、相いれない考え方を混ぜただけで本来うまく機能するはずがない
②政治や人権面での自由化はないまま、経済面の自由化だけ進めた結果、最近の中国内の流行語で言う「内巻」「躺平」※1といったニヒリズム(虚無個人主義)を進行させた
③その結果、格差拡大など欧米と同じ問題が中国でも発生
④こうした状況下、欧米の経済や文化の流入をより厳格に阻止するしか選択肢はなく、それが「共同富裕」提唱に至った
と論じている。
※1 いずれも中国ネット上の流行語。「内巻(ネイジュエン)」は元来、社会が一定の発展段階に入った後、次の段階に移行できず停滞することを指す社会学用語だが、「停滞から生じる有限な資源の奪い合い、組織内の無意味で非理性的な競争」→「社会的ストレス」。「躺平(タンピン)」は「寝そべって何もしない」。
「共同富裕」モデル地区に指定された浙江の党委書記は、モデル地区実施方案公表直前の2021年6月、「共同富裕は普遍的な富裕という基礎に立った差別のある富裕で、完全に平等な所得分配(平均主義)を意味するわけではない」「単に富裕層を殺して貧困層を救い(殺富済貧)、貧富を平準化する(均貧富)ものではない」と発言。中央財経委も「共同富裕は画一的な平等主義ではない」として、同様の考え方を示している。
中央財経委直後から、かつての「大鍋飯※2」への回帰ではないか、あるいは党の歴史の初期、封建的土地所有制の改革を進める政治スローガンになった「打土豪分田地」※3、つまり「地主(土地富豪)を倒し、農地を農民に分ける」の現代版ではないかという懸念や反発する声があるが、決してそうした社会主義初期への回帰ではないことを示したということだろう。こうした基本的考え方の問題に加え、具体的政策の面で「共同富裕」実施はいかなる意味を持つのか、いくつか留意すべき点がある。
※2 同じ1つの鍋から皆が分け合って食べるという意だが、現在では「過度の平等主義、悪平等」といった否定的な意味として使われている。
※3 1927年8月7日の党中央緊急会議、いわゆる八七会議
留意点① 国民経済計算上の個人部門所得シェア
かつてのような高成長が望み難い状況下、パイを大きくするためには、国民経済計算上、個人(住戸)部門所得の対GDPシェアを高めることが重要。中央財経委は分配を市場機能に基づく初期分配、税や社会保障など財政手段を通じる2次分配、寄付や慈善事業による3次分配に整理している。
国家統計局資金循環(流量)統計によると(図表1)、個人部門初期分配シェアは1992年65.5%から2010年57.1%にまで低下した後上昇に転じ、2019年61.4%。2次分配後の可処分所得シェアでも同様の傾向が見られる。世界平均60%(CEIC,WIND 統計)なみの水準だ。
この裏側として、特に2次分配後の広義政府部門シェアの上昇が著しかったが、近年はやや低下。成長率が鈍化する中で、個人所得税や零細事業者向け減税、社会保険料負担軽減措置(降税降費。財政部、税務局によると、13次5カ年規画中7.6兆元、2021年1.1兆元で同年中央・地方一般公共予算収入の0.5%相当)が採られたことが背景にある。
ただ、個人部門可処分所得の対GDPシェアは国家統計局の世帯収入標本調査に基づくと(図表2)、2021年43%。資金循環表とかい離し世界平均を大きく下回る。かい離の原因は不明だが、標本の偏りによるものかもしれない(現在の標本調査の範囲は31省市区の約1800の県市区から16万世帯を任意抽出)。
注目のセミナー情報
【減価償却】11月20日(水)開催
<今年の節税対策にも!>
経営者なら知っておきたい
今が旬の「暗号資産のマイニング」活用術
【国内不動産】11月20日(水)開催
高所得ビジネスマンのための「本気の節税スキーム」
百戦錬磨のプロが教える
実情に合わせたフレキシブルな節税術