最終回の今回は、日本のかつての「円の国際化」の経験も踏まえ、当面、人民元国際化にはずみをつける諸要因を見ていきます。

「新常態」への軟着陸の成否が鍵

人民元国際化にはずみをつける諸要因としてまず第一は、マクロ経済要因です。
 
日本の経験を見ましょう。1990年代の対外取引の自由化を経て、円の国際化を進める動きはありましたが、現在に至るまで国際化が進んでいるとは言い難いものがあります。原因はいろいろありますが、基本的には、日本経済が「失われた20年」という長期にわたるデフレを経験し、その世界経済での存在感と日本経済に対する信認が低下してしまったという要因が大きいのです。
 
中国の場合、今後、これまでのような10%を超える高成長を望むことは難しいですが、今なお6~7%程度と世界的に見ても相当高い成長が見込まれています。すでに世界第2位の経済大国、第1位の貿易大国であり、多くの国にとって最大または第2、第3の貿易相手です。
 
マクロ経済要因から見ても、基本的に国際化を加速させる方向でしょう。逆に言えば、人民元の国際化を進めるためには、中国当局が国有企業や金融面などでの構造改革を通じて、中国経済を習近平政権が強調するところの「新常態」へ、うまく軟着陸させ、海外から中国経済に対する信認を得ることがとりわけ重要となります。

戦略的にスワップを拡大

第二に、人民元決済拠点やスワップ取極の拡充です。
 
円の経験では、円利用を促進するためには、円と他の通貨との直接取引を行う為替市場の創設が有効と見られましたが、取引量が少なく進展がありませんでした。またアジア金融危機以降、通貨・金融危機に対する予防メカニズムとして設立されたチェンマイ・イニシアティブ(CMI)に基づく2国間スワップ取極、およびそのマルチ化も、円の国際化の一助になるという期待がありましたが、これまでのところは、そこまでの効果は見られていません。
 
中国はすでに多くの通貨と直接取引を開始しており、なお米ドルが全体の9割以上と大半ではありますが、ユーロ、豪ドル、NZドル、シンガポールドルなどとの直接取引が増加しています。円との取引は2012年6月から開始していますが、日中関係の影響も受け、伸び悩んでいます。
 
昨年来、独、英、仏、ルクセンブルク、カナダと、アジア地域以外で人民元決済銀行を指定する動き(中国銀行、工商銀行、建設銀行の現地支店)が加速し、現在、世界の15の国・地域にわたっており(日米はまだ)、これが域外通貨と人民元の直接取引を補強することになります。

 

 

 
もとより中国もCMIに加盟していますが、別途、単なる危機対応ではなく、相手国の人民元貿易・投資をファイナンスするといったより戦略的な観点から、08年の韓国中央銀行との取極をきっかけに各国とスワップ取極を結び始めています。
 
昨年は、カナダ、スイス、ロシア、カタール、スリランカと新たに取極を結び、8つの既存取極の期間を延長しました。
 
現在、32の中央銀行と総額3.1兆元の取極に至り、その地域もアジアにとどまりません。人民元決済拠点やスワップ取極の拡充は、3月ボアオフォーラムに合わせて、発展改革委、外交部、商務部が共同で公表した「一帯一路(習政権が一昨年来、提唱している新シルクロード構想)行動計画」でも、同構想を資金面から推進する政策として言及されています。

FTZを中心に進む市場開放

第三に、とりわけ昨年後半以降の政策の動きが挙げられます。
 
人民銀行幹部は常々、国際化は「水到渠成」、水が水路に到達するように、市場の力で自然に進むべきもので、政策によって人為的に推し進めるものではないとしていますが、実際には昨年来、国際化を加速させる政策が相次いでいます。
 
昨年6月、上海自由貿易区(FTZ)内で、金融面での最も重要な措置である自由貿易口座(FTU)の開設が認められ、外資企業はFTUから国外の口座に自由に人民元の送金が行えるようになりました。
 
2015年4月、上海FTZの区域を拡大する他、同様のFTZを広東、福建、天津に設けることも正式に決定しました。昨年11月には、「沪港通」(沪は上海)と呼ばれる香港と上海の証券取引所の相互乗り入れが始まり、投資目的の人民元需要増加が予想されることから、香港居住者1日当たり人民元交換限度額規制(2万元)も撤廃されました。「深港通」、香港と深圳の相互乗り入れ推進も、3月の全人代で確認されています。
 
資本取引の自由化は引き続き進み、従来からあるQFIIやRQFII、QDIIの投資枠がさらに拡大していくことが予想される他、昨年10月、人民銀行幹部は人民元適格国内機関投資家(RQDII)制度の検討を進めており、また適格国内個人投資家(QDII2)を創設して、個人の海外市場への投資も認めていく方針を示しています。個人の対外投資解禁は、3月の全人代でも言及されました。
 
人民元相場については、すでに昨年から介入が少なくなっていますが、本年に入り、外貨管理局(SAFE)や人民銀行幹部は、原則介入を行わない方針を対外的にも明らかにしています。
 
さらに「一帯一路」構想と、これを金融面から支えるシルクロード基金やアジアインフラ投資銀行(AIIB)があります。これらが人民元建てのローンや国際債発行、決済での人民元利用を拡大させることになるでしょう。これら政策面での動きは、SDR構成通貨見直しをにらんだものでもあり、また仮に構成通貨に組み入れられると、人民元国際化の過程での象徴的な出来事となるでしょう。

忘れてはならない地政学的要因

最後に、地政学的要因です。人民元の国際化は、これまで解説した通り、人民元を使用する地域を拡大するという「区域化」からスタートしており、その主要戦略拠点のひとつとして位置付けられたのがベトナム、ラオス、ミャンマーと接する雲南省です。
 
実際、昨年の同省のクロスボーダー人民元決済額は775億元、前年比30.4%の大幅増、金融総合改革試験区に指定された10年7月以降の累計は2045億元に達しました。昨年来、こうした南側での人民元戦略(南飛)に加え、北側でも対ロシア関係で人民元使用を拡大する要因となる地政学的変化が現れています。
 
すなわち、これまでは、中国が緊急かつ必要不可欠なエネルギー資源をロシアからの輸入に頼る一方、ロシアは日用品を中国から輸入するという片務的貿易構造にあること、中国金融機関のロシア内拠点が限られていることなどから、取引通貨の選択権は(中国側から見れば)ロシア側にあり、米ドルまたはルーブルが選好されてきました。
 
しかし、ここに至って、ウクライナ問題に伴う欧米の対ロ制裁、原油安がロシア経済に打撃を与え、ルーブル価値も不安定になっています。このため、ルーブルよりはるかに安定している人民元が取引通貨として選好されるという環境が生じているのです。
 
もとより、ここ数年の人民元国際化は、グローバル金融危機の発生や、ギリシャ問題を抱えるユーロ不安から、安定通貨を志向する国際社会の動きに助けられた側面も否定できず、こうした地政学的要因は過小評価すべきではありません。

 

 

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