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「歯科医になりたい」…突然の告白に、教師も母も驚愕
「歯科医を目指したいと思っています」
そう打ち明けたのは高校2年の3学期でした。担任の先生と母を交えた進路相談の三者面談。目の前には先生、隣には母が座っていました。
「歯科医?」
先生が驚いて聞き直します。それもそのはずです。この日のこの瞬間まで、歯科医の歯の字も出したことがなかったのです。先生は書類をめくり、私の成績を確認しました。そして「歯科医かあ。うーむ…」と唸ると、黙り込んでしまいました。突然の告白に驚いたのは母も同じです。
(歯科医? 司会? この子は何を言うてるんやろか…)
先生も母も突拍子もなく、「子どもじみた夢」と思ったかもしれません。実際、子どものときから抱き続けてきた夢ですから、動機も子どもじみています。小学校の帰り道にフェラーリを見掛けて、歯医者になろうと決めてから10年が経っていました。
右頰に、隣に座る母の視線を感じました。困惑している姿が容易に想像できました。しかし、私はどういう表情をすればいいのか分かりませんでした。
ついに夢を打ち明けてしまい、自らの発言によってこれから起こる状況を想像し、軽いパニックになってしまいました。ただじっと前を見つめていることしかできませんでした。
一方、反対されると覚悟していた父からは…
面談を終え、どうやって母と家に帰ったのかはほとんど覚えていません。とにかくドキドキしていました。家に戻れば、父にも歯医者になりたいと伝えなければなりません。なんて言えばええんやろ…、父はなんと言うやろうか…。父との会話をシミュレーションしてみますが、良い案が浮かばないまま家に着くと、不運なことに、その日、普段はその時間帯にいない父が家にいました。
仕方なく、面談のことを話し、フェラーリが夢のきっかけだったことは隠して、小学校の頃から歯医者になりたいと思っていたことを伝えました。
「歯医者か…」
そう言うと、父はしばらく考え込みました。そして、想像していたよりもずっと軽いトーンで、「ええんちゃうか」と言ったのです。
「え?」
「小さい頃からの夢なんやろ? せやったら、目指したらええやん」
「ええの?」
「ええも悪いも、お前の人生やん。夢叶えたいんやろ?」
「うん」
「そしたら、チャンスを活かさんかい」
「うん。頑張るわ」
そんな会話があって、この日を境に、私は正式に歯医者を目指すことになったのです。
「笑われたくない」という気持ちを捨てる勇気が必要
夢を打ち明けたことで、私は少し心が軽くなりました。同時に、このときから「お前が歯医者なんて」と笑われるのではないか、笑われるのは嫌だなという恐怖も膨れ上がっていきました。誰かに笑われるということは、自分に何かが足りていないということです。
「お前には無理や。だって、これが足りひんから」
「それは無謀な挑戦やで。だって、あれができてないやん」
そういう指摘を、笑いを通じて受けているということです。指摘を素直に受け止めれば、自分に足りていないあれこれが分かります。素直に受け入れることで、足りない何かを補うことができます。
しかし、当時の私のように、笑われることに抵抗感をもつ人もいます。「かっこ悪い」「恥ずかしい」「腹が立つ」などと思ってしまうタイプの人です。
そういう人に知ってほしいのは、「笑われたくない」と考え、周囲の声を遮断してしまうことにより、目標達成に必要なことが見えなくなり、目標達成が遠のいたり、実現できなくなってしまう可能性があるということです。
それを避けるために必要なのが、笑われるチカラです。つまり、笑われるチカラは、「笑われたくない」という見栄やプライドを捨てる勇気であり、その結果、目標達成の道筋が見いだせるようになるのです。笑われるチカラを身につけるために重要なことは以下の3つです。
1.逃げ道を捨てる
「失敗したらかっこ悪い」「笑われるのは嫌だ」という不安から、人はつい先回りして言い訳を考えてしまいます。失敗したときを想定して逃げ道をつくっておこうと考えます。これは目標達成の妨げになります。言い訳や逃げ道を考えるために無駄な時間と労力を使いますし、「失敗しても逃げられる」という気持ちが生まれ、100%の力を出し切れなくなってしまうからです。
2.素直になる
笑われるということは、何かが足りないということです。それがなんなのかを突き止めるためには、笑われたことにふてくされず、素直に「なんで笑われたんやろう」「何が足りひんのやろう」と考えることが重要です。笑われることが批判ではなく、指摘なのだと考えることにより、笑われるチカラが向上します。
3.本気になる
自分に何が足りないか分かれば、あとは本気になるだけです。本気で打ち込むと、周りの批判的な声など気にならなくなります。言い換えると、「笑われているかもしれない」などと気になる状態は、まだ本気になり切れていないということです。
10年間も「歯科医になりたい」と言えなかったワケ
ところで、偉そうに3つのポイントを挙げましたが、私は笑われることにずっと抵抗感をもっていました。そのせいで歯医者になる道を遠回りすることになりました。
まずは「逃げ道」を捨てるまでに時間がかかりました。三者面談により、私は半ば強制的に歯医者になる目標を公言することになりました。正直に言って、先生や母はともかく、父には反対されると覚悟していましたが、こんなに簡単に話せるなら、もっと早く打ち明ければよかったと思いました。
私が10年にわたって歯医者になる目標を公言しなかった理由は、2つありました。
1つはお金の問題です。歯医者になるためには歯学部のある大学に進学する必要があります。ほかの学部に比べると、進学のための費用は多くかかります。国公立の歯学部でも、入学金と6年間の学費を合わせて約430万円、私立の歯学部では、国公立の10倍の約4160万円が必要になります。我が家が貧乏であることはとうの昔に分かっていましたので、お金の面で親に負担を掛けたくないという思いがありました。
我が家は貧乏ながらも、楽しく、慎ましく暮らしていました。そういう和やかな日常に、安易にお金の話を持ち込んではいけないのではないか、という不安もありました。お金の話をすることで、空気が凍りつくのではないかという遠慮もあって、歯医者になる目標はこの日まで家族に言わなかったのです。もちろん、打ち明けたからといってお金の問題が解決するわけでもありません。
「チャンスを活かさんかい」
父にそう言われて、お金はどうするのかと、こっちが心配になってしまったほどです。
「夢を否定される恐怖」と「失敗したときの逃げ道」
歯医者になる目標を公言しなかったもう1つの理由は、歯医者になる目標を否定されることが怖かったからです。
「お前が歯医者になれるわけないやん」
「現実を見いや」
そんなふうに言われることが怖かったのです。実際には、父も母も歯医者になる夢を否定しませんでした。否定するどころか、応援してくれる強い味方になってくれました。もっと早く話していれば、相談できることもたくさんあっただろうと思います。
また、当時の自分の心境についてよく考えてみると、自分自身ですら、心のどこかで「歯医者になれるわけがない」と思っていたのかもしれません。
お金も足りませんが、学力も足りません。学力が原因で歯医者になれなかったときのことを考えて、「しょうがない。うちは貧乏やから最初から無理やったんや」と考えられるようにするための逃げ道をつくっていたということです。
もっと早く打ち明ければ、学力問題もマシだった可能性
歯医者になる目標を公言したことで、大きな課題が浮き彫りになりました。お金ももちろんですが、まずは歯学部に合格するための学力です。
私が通っていた高校は地域でも名が通っている進学校です。卒業生は、京都大学への進学者数が多く、各界の著名人も多数輩出しています。明石家さんまさんがCM出演して話題となった「ポケトーク」を開発した株式会社ソースネクストの松田憲幸会長は私の高校2年生のときのクラスメートです。私より少し後輩ですが、大阪府知事・大阪市長を歴任された橋下徹さんや元NHKアナウンサーの有働由美子さん、株式会社ミクシィ創業者の笠原健治さんなども卒業生ですし、旧制中学校の頃には手塚治虫さんや森繁久彌さんも卒業しました。
しかし、生徒全員が京都大学に合格できるほど優秀というわけではありません。例えば、私です。中学校までは上から数えて一桁の順位に入る成績だったこともあり、おかげで進学校にも入学できたのですが、高校入学以降は進学校に入学できたという安心感から成績が右肩下がりになり、下から数えて一桁の順位にまで落ち込んでいました。三者面談で先生が「歯科医かあ。うーむ…」と唸ったのも、それが原因です。
「歯医者になりたい」という難しい目標に対して、学力がまったく追いついていなかったのです。「もっと早く打ち明けていれば」と思ったのも、自分の学力不足を認識したことが理由の一つです。もし先生や両親にもっと早くから歯医者になるという目標を伝えていたら、それが良いプレッシャーになり、もっと勉強を頑張っていたかもしれません。サボっている姿を見た先生や両親が「そんなんじゃあ歯医者になられへんで」とお尻を叩いてくれたかもしれません。
しかし、その機会を逃したまま、私は高校2年生になっていました。歯医者になる目標を打ち明けたことで、私はその目標を有言実行するために、死に物狂いで勉強しなければならないという現実に直面することになったのです。
安積 中
あづみハッピー歯科医院院長
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