(※画像はイメージです/PIXTA)

近年の研究では、脳の寿命も身体と同じように健康な働きを維持したまま延ばしたり、知的活動で活性化できることが明らかになっています。本記事では、高齢者の「意欲の状態」から推察できる健康不安について、アルツハイマー病の基礎と臨床を中心とした老年精神医学の専門医が解説します。※本記事は、新井平伊著『脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法』(文春新書)から抜粋・再編集したものです。

意欲を持たねば、感情は動かず、知能も駆使できず…

●「意・情・知」の大切さ

 

「知情意」という言葉があります。人間の精神活動の基本で、普通は「知性・感情・意志」を指します。ドイツの哲学者カント(注4)の唱えた「知情意」は、情と意が右と左で知が上にある、三角形の概念です。

 

(注4)カント:エマヌエル・カント。1724~1804年、ドイツ観念論の起点となった、近世哲学を代表する最も重要な哲学者。主著に『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』。

 

私は「知性・感情・意志」ではなく、知能・感情・意欲と捉えています。知能とは、人間が道具を使ったりコミュニケーションをとったり、社会生活を送っていく上での認知機能のことです。

 

[図表1]カントが考える精神構造
[図表2]筆者がイメージする精神構造

 

●土台は意=意欲

 

この中で土台となるのは、意欲です。一番下に意、その上に情、一番上に知が乗っているタテ並びの「意・情・知」です。

 

まず意欲を持たなければ、感情は動かず、知能を駆使するような活動に至らないからです。脳の健康は、意欲がどのくらい強いかに左右されると私は考えています。

 

身体のコンディションと血管の健康が、そこへ影響を及ぼします。身体が不調のときは、何をするにもやる気が湧きません。身体の調子がよければ、前向きにも貪欲にもなれます。

 

人間の活動にとって最も重要な意欲を、脳の中で司る部分は前頭葉です。ところが血管性の障害が起こったとき、真っ先に機能が衰えるのは前頭葉なのです。するとたちまち、意欲が失われてしまう。繰り返し述べている血管の大切さに、やはり話は戻るわけです。

 

意欲が活発になると、脳の神経細胞は活性化します。ニワトリが先か卵が先かのような話ですが、神経細胞がたくさん働いている人は意欲が旺盛で、意欲があれば代償機構やネットワークも維持されるのです。

 

意欲には、自分から進んで取り組むことによって出てくる場合と、周囲から期待されることによって出てくる場合があります。

 

仕事そのものが生きがいだと感じる人は、自分の目標を達成することに意欲が湧くでしょう。仕事は客観的な成果を要求されますから、たとえ気が進まなくてもやらざるを得ない面があります。でもその時にも、課せられた責任を果たすとか顧客のために尽くすという点で、やりがいを感じる人もいるでしょう。

 

定年間近になった会社員が窓際へ追いやられたり、再雇用で給料が下がったために意欲を失くしてしまうのは、脳にとってもったいない話です。

 

若い社員に伝えるべき経験や、ベテランにしかできない仕事もあるはずです。好きなことや新たなやりがいをセッティングしてあげられれば、脳の神経細胞が活性化され、ネットワークも活発になります。そこでもうひと働きできれば、会社にとってもプラスになるはずです。居場所を与えられることや他人から得られる評価は、受け身の意欲だとしても脳を刺激するのです。

 

定年退職した途端、生気をなくしてしまう人がいます。主婦の方から「子供が小さいときは頑張っておかずをいっぱい作ったけど、独立してしまってダンナだけになったら、もう作る気がしない」というお話を聞くこともあります。

 

こういう方々は、意欲をもてる対象を新たに探す必要があります。たとえば、働くのはお金を稼ぐためと割り切っている人は、やりがいのある趣味を見つけなければいけません。

 

意欲は、生物として本能的に備えている睡眠欲や食欲、性欲と結びついています。人によって低かったり、病的に高い場合もありますが、多くの人間は理性や道徳観によってその度合いをコントロールしています。

 

フロイト(注5)の精神分析学では、自分を抑えるスーパーエゴ(超自我)という心の領域があって、意欲や欲望や本能と、道徳心や社会性のバランスを取っていると考えます。

 

(注5)フロイト:ジグムント・フロイト。1856~1939年、オーストリアの精神科医、精神分析の創始者。主著に『夢判断』『精神分析入門』。

 

脳科学から見ると、睡眠欲や食欲も含めた本能的な欲求は大脳辺縁系が司っていて、左右の大脳半球に挟まれている間脳が中継しています。その欲求をコントロールしているのは、人間にとって司令塔に当たる前頭葉です。本能を理性で制御しているわけですから、フロイトの説は脳科学的に見ても正しい部分があるといえます。

 

自我は広大なエスにつらなり、前意識的なものと、なかば無意識的なものとに分かれながらもつながっている。超自我は自我ともエスとも連絡があるが、一応の独立性をもっている。
[図表3]フロイトの人格構造の模式図 自我は広大なエスにつらなり、前意識的なものと、なかば無意識的なものとに分かれながらもつながっている。超自我は自我ともエスとも連絡があるが、一応の独立性をもっている。

 

本能を理性で制御するのが前頭葉。
[図表4]脳の構造 本能を理性で制御するのが前頭葉。

 

 

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脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法

脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法

新井 平伊

文春新書

近年、身体の寿命ははどんどんのびているのに、脳の寿命はのびていません。このアンバランスをどうにかしたい、ということで本書は書かれました。 本書では、まず、その脳の謎から説き起こし、なぜ、脳が老化するかについて…

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