(※画像はイメージです/PIXTA)

脳の細胞は、一度死滅すると再生しない――。近年では、そんな定説を覆す研究結果が発表されています。脳の寿命も身体と同様、健康な働きを維持したまま延ばしたり、知的活動で活性化することが可能なのです。脳が老化する仕組みとそれを予防する方法を、アルツハイマー病の基礎と臨床を中心とした老年精神医学の専門医が解説します。※本記事は、新井平伊著『脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法』(文春新書)から抜粋・再編集したものです。

血管年齢=脳の年齢」何よりも大事なのは身体の血管

 脳の血管の老化──生活習慣病が血管を老化させる 

 

脳の寿命にとって非常に大切なのが、血管です。全身にくまなく酸素と栄養を運ぶ血管の年齢は、身体の年齢と脳の年齢に直結します

 

血管には、動脈と静脈の2つがあります。ポンプである心臓から出ている動脈は、非常に細い末梢(まっしょう)血管となって全身へ行き渡り、酸素と栄養を身体の隅々にまで届けます。代わって静脈が、二酸化炭素を運んで心臓へ戻ってきます。

 

生活習慣病に注意すべき理由は、どの病気も血管を老化させるからです。糖尿病は、血液中のブドウ糖が多すぎる状態になって血管を傷つけます。高血圧は、動脈硬化を進めます。血管の壁が厚く硬くなり、弾力を失って傷つきやすくなるのです。

 

脂質異常症も、動脈硬化を進めます。血液中のコレステロールや中性脂肪が血管の壁を傷つけ、過剰な脂質が溜まってしまうからです。

 

動脈がきちんと流れなければ、酸素と栄養は身体の必要な場所へ届きません。水道と同じで、途中で詰まってしまったら、その先へは行けないのです。血液が届かなくなった細胞は、壊死してしまいます。糖尿病が悪化して足の指などを切らなければいけなくなるのは、動脈がダメになってしまった結果です。

 

スポーツをやっている人は心臓が強くなります。しかし身体を動かすほど多くの酸素を必要とするので、血管が詰まってしまうと、酸素の供給量が追いつかなくなって心筋梗塞に至る恐れがあります。元プロスポーツ選手で若くして亡くなる人には、そういうケースもあるのです。

 

たくさんの酸素と栄養を必要とする脳には、たくさんの血液が送られます。心臓の機能が衰えたり貧血状態に陥ったりすると、酸素や栄養を運ぶ赤血球が少なくなってしまうので、血管が立派でも供給が悪くなります。

 

したがって、心臓病や貧血はきちんと治しておかなければいけません。ビタミンや鉄が不足すると貧血になり、脳の働きが衰えてしまうのです。

 

脳の血管が動脈硬化を起こすと、脳梗塞や脳出血を引き起こします。しかし、一般に脳より身体の末梢の動脈硬化のほうが先に進むので、まず気を付けるべきは身体の血管です。脳の中のどんな神経細胞より、全身に張り巡らされている血管のほうが大事だと言ってもいいほどです。神経細胞の寿命が尽きる前に、血管の老化によって脳の血流が低下してしまうからです。

 

酸素の量が一定以下になると、細胞はダメージを受けます。DNAの再生にミスマッチが起こって、がん細胞が生まれたりするのです。血管の老化を防止できてから、神経細胞がどのくらい生きられるかを考える段階に至ります。

 

血管から脳の神経細胞へ酸素を無限に行きわたらせることが可能になれば、脳の寿命を延ばすこともできるはずです。

 

●首と目の動脈に注意する

 

かつて日本人には、東北などの寒い地方を中心に高血圧の傾向がありました。漬物などの保存食に、塩をたくさん使ったからです。その結果、脳の血管に障害が生じ、死因の多くも脳卒中(脳出血や脳梗塞)でした。 そのあとに待っているのが、血管性認知症です。

 

脳血管に障害があると、周りにある神経細胞がダメージを受けて認知症に至るのです。かつての日本では海外諸国と異なり、血管性認知症が認知症の原因疾患の代表でした。しかし、その後、血管性認知症が大きく減ったのは、塩分摂取量が控えめになり、脳血管障害が克服されてきたためです。

 

原因となる血管を守れば、血管性認知症は一次予防(発症させない)が可能です。ほかの認知症とは、そこが最も違うところです。

 

一方で、脂肪の取り過ぎも問題です。多くの人がその傾向をもっている糖尿病や脂質異常症のダメージは、長い時間をかけてやってきます。

 

脳の血管の老化について考えるとき、まず大事なのは首と目です。脳はたくさんの血液を必要とします。心臓から脳へ向かう動脈は左右の頸動脈と椎骨動脈です。したがって首の血管が大切なのは、わかりやすいと思います。

 

暑い日に首筋を冷やしたり、冬にマフラーを巻いたりするのは、動脈を流れる血液を冷やしたり温めたりするためです。首の血流は、とても大事なのです

 


では、なぜ目が大事なのかというと、脳の血管を直接見ることができるからです。画像検査をしなくても、網膜の奥に脳の中の動脈が見えるのです。眼科に行くと瞳を覗き込まれますが、網膜(注4)の色素変性などのほか、眼底動脈の硬化も見ているのです。

 

(注4)網膜の色素変性:眼科の病気の中で最も重篤な遺伝性疾患。徐々に視野が狭くなり、進行例では失明に至る。軽症例では寿命と視野狭窄(きょうさく)の競争となる。

 

脳の血管に関係する病気について説明しましょう。

 

脳動脈瘤は、脳の動脈の壁が薄くなったりもろくなったりした部分に血液が溜まって、コブのようになることです。これが破裂すると、くも膜下出血です。

 

慢性硬膜下血腫は、たとえば転んで頭を打ち、直後は何ともないように見えながら数週間から数カ月かけてじわじわと出血して症状が出てきます。血管が損傷を受けて血腫ができ、次第に神経を圧迫してくるのです。

 

その結果、頭痛や物忘れ、認知症状や失禁、歩行障害などの症状をきたします。それが「慢性」の意味です。慢性硬膜外といって硬膜の外に血腫ができる場合もありますが、慢性硬膜下のほうが多いです。

 

いわゆる脳卒中は、脳出血と脳梗塞に分かれます。脳梗塞にも2つあって、ひとつは心臓などから動脈を通ってプラーク(注5)のような塊が飛んでくるケース。もうひとつは、血管の細くなっている部分が詰まってしまうケース。つまり心筋梗塞と同じ症状です。血管が破れて出血してしまうのが、脳出血です。

 


(注4)プラーク:動脈硬化などの血管壁に見られる、偏平もしくは隆起したかたまり。

 

脳の血管障害にはパターンがいろいろあるのですが、症状の出方は、発生する場所によります。脳の寿命に影響するかどうかも、やはり場所次第です。大脳に大きな脳梗塞ができると手足が不自由になったり、脳幹に近ければ呼吸に支障が出たりします。脳梗塞でも脳出血でも、小さかったり、損傷しても大きな影響が及ばない場所であれば、症状は軽くてすみます。

 

昔は、脳の表面まで巻き込むような大梗塞が多かったのですが、最近は血管の老化に伴う小梗塞の多発が増えてきています。身体に麻痺が残ったり、ろれつが回らなくなるような大梗塞は、最近では珍しくなりました。

 

生活習慣病への備えが進んだことが大きいし、脳梗塞を起こしやすいかどうか前もってMRI(磁気共鳴断層撮影)などで調べられるようになったために、予防が進みました。MRIで小梗塞巣が見つかったら、脳梗塞にならないように血液がサラサラになる薬を飲むなど、前もって対策を取れるようになったのです。

 

昔は日本人の死因は脳卒中が1位でしたが、いまは順位が下がってきています。

 

 

新井 平伊

順天堂大学医学部名誉 教授

 

アルツクリニック東京 院長

 

 

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脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法

脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法

新井 平伊

文春新書

近年、身体の寿命ははどんどんのびているのに、脳の寿命はのびていません。このアンバランスをどうにかしたい、ということで本書は書かれました。 本書では、まず、その脳の謎から説き起こし、なぜ、脳が老化するかについて…

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