うつ、不安・緊張、対人関係の問題、依存症――近年、これらの悩みを抱える人はますます増えている。実は、それぞれに共通する原因になり得るものとして、親との関係によって築かれる「愛着」がある。ここでは、「愛着アプローチ」という手法を用いて、現代人の悩みの解決に寄与したい。※本連載は、精神科医・作家である岡田尊司氏の『愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる』(光文社新書)より一部を抜粋・再編集したものです。

ロールプレイで涙ぐむ、医療少年院の子どもたち

とはいえ、メンタライジングが未発達な人では、自分の気持ちにとらわれてしまい、相手の立場に立って考えたり、第三者的な目で自分の状況を眺めたりすることは、やはりとても苦手である。そこを突破する方法として使われるのが、ロールプレイ(役割演技)やロールレタリング(役割交換書簡法)という手法である。

 

ロールプレイの中でも、相手と立場を入れ替えたパターンをおこなうことで、相手の立場に立って考える練習になる。これはメンタライジング、中でも共感的なメンタライジング能力を格段に向上させる。

 

筆者が医療少年院で、共感性に困難を抱えている少年たちにおこなっていたのは、「やる気のない後輩を、気分を害させないように上手に叱るにはどうしたらいいか」といった身近な場面設定だけでなく、「末期ガンだとわかった父親が面会にやってきた」といったシリアスな場面設定をして、少年役と父親役をやってもらう、というような少し手の込んだロールプレイだった。

 

これはかなり難易度の高い設定だが、少年たちは末期ガンの父親の心境にもなり、また、父親の最後の面会を受けた少年の心境にもなって、最後は涙ぐみながら演じたのである。

 

もっと一般にも使える設定で効果的なのは、「悩みごとの相談に乗る」というロールプレイである。自分の悩みを仲間に相談するだけでなく、次のステップでは立場を入れ替えて、相手から相談を受け、自分が相手にアドバイスするという形をとる。つまりは、自分の悩みに自分がアドバイスすることになるのだが、これが問題を客観視する良い練習になる。

 

また、ロールレタリングも優れた方法である。たとえば、自分から親にあてた手紙を書くだけでなく、その手紙に、親になったつもりで、自分にあてて返事を書く。そして、さらにまた返事を書く、といった取り組みをする中で、自分の視点だけでなく、親の立場に立った視点にも想像が及ぶようになる。大きな変化が起きるきっかけとなることが多い。

 

しかし、これらの手法はタイミングが大事だといわれている。あまりに早い段階で使われても、本気で取り組もうとさえしないで終わってしまう。まずその前段階で必要なのは、支援者との愛着関係が安定化し、信頼が生まれていることである。できれば、親との関係も、いくぶん修復の兆候が見えていることが望ましい。

 

だが、ときには、周囲とはまったく断絶した状態で、改善の手がかりが何もない中で、そうした手法に起死回生のチャンスをかける場合もある。メンタライジングを刺激する場としては、同じような課題を抱えている人の状況に、第三者として立ち会うことも重要である。自分のことは振り返るのには抵抗があっても、人のことはよく見えるということがある。仲間の姿を見て、そこに自分の課題を重ね合わせ、気づきを得るということは、非常に多いのである。

 

その意味で、同じ課題を抱えた自助グループで、体験を語り合ったりすることは、メンタライジングを高める上でも、有益だといえるだろう。カウンセリングの中でも、ロールプレイの手法は重要性を増している。実際に本人が困った状況を再現し、いくつかのパターンでロールプレイすることで、さまざまな気づきを得ることができるからだ。自分の発言や反応の仕方によって、人の反応も変わってくるという相互性を学ぶこともできる。

 

「他人」という固定した他者がいるように思いがちだが、じつは他人は、こちらの動きを映し出している面をもつということもわかってくる。相手の気持ちや反応を読み取りながら、それに応じて、こちらの反応を調節していくという実践的な能力をつけるのにも役立つ。

 

※なお、本文に登場するケースは、実際のケースをヒントに再構成したもので、特定のケースとは無関係であることをお断りしておく。

 

 

岡田 尊司

精神科医、作家

 

愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる

愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる

岡田 尊司

光文社

幼いころに親との間で安定した愛着を築けないことで起こる愛着障害は、子どものときだけでなく大人になった後も、心身の不調や対人関係の困難、生きづらさとなってその人を苦しめ続ける。 本書では、愛着研究の第一人者であ…

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