発達障害に親子問題も重なり…「ひきこもり」が深刻化した事例

うつ、不安・緊張、対人関係の問題、依存症――近年、これらの悩みを抱える人はますます増えている。実は、それぞれに共通する原因になり得るものとして、親との関係によって築かれる「愛着」がある。ここでは、「愛着アプローチ」という手法を用いて、現代人の悩みの解決に寄与したい。※本連載は、精神科医・作家である岡田尊司氏の『愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる』(光文社新書)より一部を抜粋・再編集したものです。

医師が支援者として「親の代替」をするケース

発達障害という医学モデルによる診断は、前にも述べたように、自分の困難の正体がわかることで、「自分は怠けているだけではない」「努力が足りないわけではない」と、自分を責める気持ちを和らげることにつながる。

 

しかし、障害自体は遺伝的特性の部分が大きいので、容易には変えられない。障害を抱えていることに、いら立ちや絶望を感じてしまうケースもある。障害を認定してもらい、福祉的な配慮を得ることで、就労や収入の道が開ける面もあるが、軽度な場合では認定にいたらない場合もあるし、そうした方法をなかなか受け入れられない場合もある。

 

一方、愛着モデルでこの事態を見た場合、社会適応を妨げていた要因として、恐れ・回避型の愛着がある。子どものころから両親が安全基地として機能せず、気持ちを聞いてもらうこともあまりなかった女性は、自分が人から顧みられる価値もない、つまらない存在だと思い込んでしまった。その思い込みのために、人に接するときは過度に気を遣うのだが、自分のことは何も話せないということになってしまった。

 

そしてそんな苦しさから逃れるように、次第に大学にも行きづらくなっていった。さらに、結果だけを見て激高した父親が彼女に投げつけた言葉が、残っていた親への信頼を打ち砕いてしまった。必要なのは、傷ついた親との愛着の修復だったが、それはハードルの高い課題だった。まずとりかかるべきは、支援者である我々が彼女の安全基地となることで、愛着の安定化を図ることであった。

 

彼女は通院を重ねる中で、次第にさまざまなことを語るようになった。その時々で直面している問題について、自分から積極的に相談し、苦しさを語ったり、意見を求めてきたりした。最初のうちは、担当医となった筆者のことについて、父親とイメージが重なり、怖いと思っていたそうだが、そこを乗り越えると、信頼を寄せてくれるようになり、何か困ったことがあるとやってきて話し、すっきりしたと言って帰っていくようになった。

 

そのころ彼女は、障害者を対象とした職業訓練に通い始めていて、次々と課題にぶつかることが多かったのである。しかし、不思議な粘りで、その一つ一つをクリアしていった。そして、ついに非正規ながら、就職にまでこぎつけたのである。

娘の変化に戸惑う両親…「ただ話を聞く」効果とは

そんなある日、彼女の両親が病状を聞きたいということで、お会いすることになった。両親は、娘の前向きな変化に驚くと同時に、いったいこれから、どうかかわっていけばいいのかわからないと、戸惑っているご様子だった。十年前のようなことになって、せっかくの変化を台無しにしてしまわないかという不安もあったのだろうか。

 

しかし、一時の冷戦状態を思えば、最近は、さりげない話をすることもあり、見違えるように柔らかくなったという。いったい娘に何が起きているのでしょうかと、不思議そうに尋ねてこられる。

 

しばしば起きることだが、家族が安全基地として機能していない場合でも、外に安全基地となる存在ができると、次第に愛着が安定し、今までぎくしゃくしていた家族とも、何かの拍子に話をしたりするようになる。

 

だが、愛着の修復に向かうか、またぎくしゃくした状態に戻ってしまうか、ある意味、ここからが勝負だった。ご両親もそれを感じて、担当医である筆者を訪ねてきたのだろう。筆者は、今何が起きているのかをざっと説明するとともに、ご家族が安全基地となることが、彼女を支えることになると話した。

 

そして、具体的には、彼女の話をただ聞くだけにして、決して指導したり、助言をしたりしないようにとお願いした。彼女の方が、自分から意見を求めてきたときだけ、ごく控えめに意見を伝えることはよいが、それはあくまで、一つの意見に過ぎないので、自分が思うようにしたらいいよということを、忘れずに付け加えることも伝えておいた。そして、いいことにだけ反応し、悪いことは見ないふりをするようにとお願いした。

 

厳格で、生真面目そうなご夫婦で、筆者の言うことに、最初は目をぱちぱちさせていたが、「お嬢さんは、自分で決断してここにも来られたんです。今、主体性を取り戻されようとしています。少し頼りなくても、自分で考えて、自分で行動することが、結局、いちばんの近道なんです」とお話しする中で、納得されたようだった。

 

その後、彼女と両親の関係はすっかり改善し、むしろ彼女の方から、両親に相談したり、頼ったりすることも増えた。その変化に戸惑った両親が、また意見を聞きにやってきた。私は、「今は、これまで甘えられなかった分を取り戻しているのだと思います。しばらく大いに甘えたら、自然に落ち着いていきますよ。求めてきたら、応えてあげる。それが安全基地の原則です。これから働き始めると、ストレスもたまるし、余裕もなくなります。多少のことは大目に見て、支えてあげてください。絆を取り戻すチャンスです」と助言した。

 

働き出すまでに、ご両親が安全基地としての役割を取り戻し始めていたことは、幸運だった。試練の連続であったが、そこをまた一つ一つクリアしていった。だが、三か月後に頑張りを認められ正社員に登用されたと聞いたときには、さすがに耳を疑ったものだ。それから、もう二年になるが、彼女は今も働き続けている。

 

こうしたケースは、決して例外的なものではない。発達障害という「医学モデル」の診断にとらわれすぎることは、かえって回復のチャンスを狭めてしまう。「医学モデル」での症状や診断にとらわれず、「愛着モデル」で、愛着関係に着目して、そこを強化することで、一、二年前には想像することもできなかったような大きな変化が生まれることも珍しくないのだ。

 

愛着アプローチには、奇跡を生むような力が秘められている。それは、愛着アプローチが特別な手法だからではなく、人間が幸福に生きていくために本来備わっている最も重要な仕組み、愛着という、命と希望を支える仕組みに働きかけ、よみがえらせるものだからである。

 

※なお、本文に登場するケースは、実際のケースをヒントに再構成したもので、特定のケースとは無関係であることをお断りしておく。

 

 

岡田 尊司

精神科医、作家

 

精神科医、作家

1960年香川県生まれ。精神科医、作家。東京大学文学部哲学科中退、京都大学医学部卒、同大学院にて研究に従事するとともに、京都医療少年院、京都府立洛南病院などで困難な課題を抱えた若者に向かい合う。現在、岡田クリニック院長(枚方市)。大阪心理教育センター顧問。

著書に『愛着障害』『回避性愛着障害』『死に至る病』(以上、光文社新書)、『ストレスと適応障害』『発達障害と呼ばないで』(以上、幻冬舎新書)、『パーソナリティ障害』(PHP新書)、『母という病』(ポプラ社)、『夫婦という病』(河出書房新社)、『マインド・コントロール』(文藝春秋)など多数。

小笠原慧のペンネームで小説家としても活動し、『DZ』『風の音が聞こえませんか』(以上、角川文庫)、『あなたの人生、逆転させます』(新潮社)などの作品がある。

著者紹介

連載【精神科医が解説】親密な人間関係がうまくいかない「愛着障害」克服する方法

愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる

愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる

岡田 尊司

光文社

幼いころに親との間で安定した愛着を築けないことで起こる愛着障害は、子どものときだけでなく大人になった後も、心身の不調や対人関係の困難、生きづらさとなってその人を苦しめ続ける。 本書では、愛着研究の第一人者であ…

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