第5の側面:政治外交問題化への懸念
欧米のメディアは亡命ウイグル人に焦点を当て、彼らを取材して本問題を論じることが多いが、実は彼らの大半は法律上の問題で亡命しているだけで、人権問題は関係ないとの話もある。中国外交部は、ウイグル人に対する人権抑圧などないことは、どのイスラム諸国からもまったく非難の声が出ていないことから明らかだとしている。
また6月の国連人権理事会(『欧米が糾弾する「新彊ウイグル問題」中国当局の反発と警戒』参照)では、閉会時までに69ヵ国が共同で、また20ヵ国以上がそれぞれ単独で中国を支持し、計90ヵ国以上が「正義の声をあげた」と強調(7月20日付外交部記者会見)。しかし、非難の声を上げる国が少ないことは、必ずしも自治区で人権問題がないことの証左にはならない。イスラム諸国、あるいは中国から援助を受けている発展途上国は、単に対中関係の悪化を懸念して非難を控えているだけかもしれない。
7月、トルコのエルドアン大統領が習氏と電話会談した際、トルコ側発表では、同大統領が「ウイグル人が平等な中国公民として平和的な生活を享受することは、トルコにとって非常に重要なこと」と話したとされているが、中国側発表はこの発言に触れておらず、同大統領が「トルコは、トルコ領土をいかなる勢力が中国の主権を脅かす分離活動に利用することも許さない」などとした、中国が自治区に関し最も懸念している分離独立運動やテロ活動に関わる部分のみを伝えている(新華社通信報道も同じ)。
トルコの一部反政府勢力は、エルドアン政権が新彊ウイグル問題を見過ごして、その対価として中国からなんらかの便益を享受していると批判しているが、エルドアン政権はこれを否定している。エルドアン政権側からみると、今回のエルドアン発言は国内的なアリバイ作りの色彩が強く、現状、新彊に問題があるとは一言も言っていないので、中国の反発を受けることはないとの読みだろう。なお中国は8月、自治区と狭い国境を接するアフガニスタンを制圧したタリバン勢力からも、「タリバンはいかなる勢力がアフガニスタン領土で中国に危害を及ぼす行為を行うことを許さない」との同様の言質を引き出している(7月下旬天津での王毅外相とタリバン幹部会談、8月16日付外交部記者会見)。
米国の人身売買に関する国別報告書は日本についても触れているが(技能実習制度)、日本政府はそれに対しノーコメント、ないし歯切れの悪い反応を示している。日本以外でも、「余計なお世話だ」と反発する国が多いことは充分予想され、米国が自身の報告書を基に、この問題でどの程度他国を巻き込んで中国包囲網を築けるか、疑問が残る。また、国連人権理事会がなんらかの勧告や報告を出したとしても、その説得性、実効性に問題が生じる恐れが高い。
過去、米トランプ前政権が、①人権侵害国も理事国に選出されていること、②反イスラエル的な偏見があることを理由に、同理事会を「政治的偏見のはきだめ」として離脱したことがあり(バイデン政権が2月、オブザーバー資格で復帰)、日本政府も自らが受けた勧告に対し、受け入れられないとした例がある(死刑制度の廃止など)。仮に欧米が国連でなんらかの勧告を成立させ、それを基に中国非難を強めた場合、中国は反論の手法としてよく使う「〇〇国はダブルスタンダードだ」との議論を展開する可能性が高い。つまり、同じような勧告で、自らあるいは自らの友好国に向けられた指摘については不当、不公正だと言う一方で、中国に関する指摘はその通りだとして対中非難を展開するのはおかしいという理屈である。
自治区で深刻な人権問題があるとすれば、その解決を促す効果的な枠組みは国際政治ということになる。しかしここまでで述べたような複雑な問題を抱えたまま、本問題が必要以上に政治外交問題としての色彩を強めていることに懸念が残る。欧米と中国が「民主」や「人権」の考え方について政治的思惑を離れて議論をしないまま、また誰もが納得する透明性を持った実態把握がなされないまま、両者間で制裁、報復が繰り返されるのは非生産的で不幸なことだ。
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