五輪用CMを取りやめた「表向きの理由」と「真意」
しかし、今回の東京オリンピックで、自動車業界の代表であるトヨタ自動車が日本国内でオリンピック用TVCMを中止する決断をしました。10年間で2000億円も投資してきたにもかかわらず、です。さて、この決断の背景にはどんな戦略が考えられるのでしょうか?
1つ目に、コロナ禍での開催に反対する人が一定数いる中で、オリンピックのイメージが従来のものと乖離してしまったため、企業イメージを上げる目的が達成されにくくなったことが挙げられます。今まで莫大な投資を行ってきた中で、多くの企業・経営者が「ここまでやってきたのだから」と考えがちなところ、追加費用をかけてCMを流すことで生じる逆効果(=企業イメージの低下)をしっかり計算し、決断した点はさすがという印象です。
2つ目に、CMによる開催機運の盛り上げが、五輪に反対する意見を刺激し、参加する選手たちに悪影響を及ぼすリスクを避けるという意図です。トヨタ自身も多くの自社所属選手がオリンピックに出場します。アスリートに競技に集中してほしいという思いも多分にあったのではないかと思います。
3つ目に、IOC主催者側への不信感です。関係者によると、大会延期や無観客開催に至った経緯について、情報を報道で知ることも多く、主催者側から十分な説明や相談がなかったことで「亀裂」が生じたといいます。
しかし、上記3つの理由以外に、トヨタが数年かけて着々と進めてきた「メディア戦略の一環」という見方もできないでしょうか?
ネット利用者の急増で「マスメディアの勢力図」に変化
オリンピック視聴率は10%前後、約1000万人にリーチできると計算され、開会式やサッカー、野球のような団体球技では視聴率は50%に到達し、5000万人へのリーチまで期待できます。一方で、広告費用は数百億円規模に達するともいわれるものの、多くの大企業が費用対効果に”見合う”と判断し、スポンサーに手を挙げてきました。
しかし、ここ数年、潮目の変化が生じています。それは、読者の皆様も多くがお察しの通り、メディア接触時間の変化です。総務省の「令和2年版 情報通信白書」によると、TVメディアの接触時間はこの7年で、約13%減少しています(図表1)。一方、PC・スマホなどのネット利用は約76%増加しています。
さらに、別の最新調査(NHK放送文化研究所 世論調査部 2021年5月)によると、年代別ではすでに10代、20代では、TVよりもネット動画の利用率が高くなっています(図表2)。30代ではほぼ同じ割合で利用していることがわかります。これは、YouTubeやNetflixなどネットの動画配信サービスが普及する中、若者世代はテレビからネットに急速に移行しているからだと考えられております。
加えて、50代~60代のスマホ保有率は年々増加が顕著であり(図表3)、ネット利用者は急増していると考えられます。
したがって、全体のテレビ79%対ネット45%という利用率も、実際は限りなく拮抗しているかもしれません。それぞれのデータや調査は時期や手法が異なり、丁寧な分析が必要であるものの、これらの情報を重ねてみると、テレビとネット動画の利用率が逆転していく未来もそう遠くない、とも考えられます。
筆者は、この『テレビ対ネット』というメディア接触時間の移り変わりが、今回のトヨタの判断に影響している一要因ではないかと考えます。