まさかと思う。いや、考え過ぎか。
不倫は芸能人だけのものではないらしい。確かに会社でも既婚者の営業部長が受付の女性と不倫をしているという噂がある。
正和は聞き耳を立てた。
「この前、知らない男の人と二人で仲よさそうに歩いているところをケイちゃんのママが見たんだって」
「信じられない! でもリュウジくんママ、確か結婚8年目って言ってたからね。そういう時期ってこと……?」
8年前と言えば、芸能人が立て続けに結婚を発表し、それが世間に影響を与えて、SNS上でサプライズプロポーズをする動画が流行った頃だ。佐藤もちょうどその時期に授かり婚をしている。
そこまで思い出して急に胃の痛みが酷くなった。佐藤の一人目の息子は隆司というのだ。
まさかと思う。いや、考え過ぎか。
「佐藤さんきれいだから、分かんないよ。授かり婚だったから、案外若いしさ」
「え?」
思わず出てしまった驚きの声に、女性たちが振り向く。佐藤は慌ててスマホに視線を落とした。
子供の名前はリュウジで、しかも授かり婚。苗字は佐藤となればそれは妻の玲子しかいないのではないか。
佐藤はスマホで玲子にメッセージを送る。
〈今、何してる?〉
じっと画面を見つめるが、既読にならない。
慌てて病院を飛び出し、家へ向かうと…
「最近、旦那さんとの仲が良くないんだって」
ドキッとした。
佐藤は受付に「忘れ物をしたので、取りに帰ります」と告げると、慌てて家に向かった。
その間も玲子に送ったメッセージが既読になるかこまめにチェックするが、一向に変化がない。
10分ほどで家に着き、恐る恐る玄関のドアをあける。知らない靴はなかった。しかし、まだ安心はできない。不倫相手がこれから来る可能性もあるし、会いに出かける可能性もある。
とりあえず、「玲子いる?」と叫ぶと、「え、うそ。もう帰ってきたの? 早くない?」キッチンのほうから声が上がった。
驚いている様子が妙に気になる。
キッチンに走っていくと、エプロンをつけた彼女が料理をしていた。
「何してるんだ?
「見れば分かるでしょ。晩御飯の支度をしているんじゃない」
料理途中のものに目を向けると、ローストビーフやアヒージョ、ポタージュスープとなぜか豪華だ。テーブルの上にはワイングラスまで並べられている。
「なんだこれは」
問い詰めるように玲子を見つめる。
「何って、今日は結婚記念日でしょ?」
一瞬、沈黙が落ちた。
「まさか、私がここまで一生懸命準備しているのに、忘れてましたって言うつもり?」
玲子の表情がどんどん曇っていく。
しまったと思った。
「いや、今日は玲子を驚かそうと思って半休を取ったんだ」
「それなのに、ケーキの一つも買ってきてないの?」
佐藤の胃痛が限界を迎えた。