資源の争奪戦がなくなる可能性がある?
柄谷さんがこれまでの社会について言っているのは、たとえば市場であれば、一般的には「自由」という価値が必要であるということでした。ただ、この近代資本主義社会では、自由の理念と平等の理念は両立しませんし、家族のような自由・平等・友愛という価値については、まだ名前がつけられていません。だからこその〝X〞なのです。
Xは自由・平等・友愛を補完するものかもしれませんが、だからといって自由・平等・友愛の重要性を否定するわけではなく、新しい可能性であると言っているわけです。
柄谷さんが使っている哲学的な言語は、私が世界を理解するために最も頻繁に使う言語です。彼が引用しているカントやマルクスなど関連する哲学者の書籍は、私も若い頃にほとんど読みましたし、彼がよく引用する後期のフロイトにも強く興味を抱いています。柄谷さんの使う概念は、私にとっては非常に身近なもので、母語のような感じさえします。
私は、『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』の著者グレン・ワイル氏とともに、ニューヨークでRadicalxChange財団を設立しました。このワイル氏の思想も柄谷さんと同じ思想の流れにあるといえます。彼はもともと経済学者でしたが、経済学とは「既存の資源をどう分配するか」ではなく、「人々が協力してより多くの価値を生み出すためにはどうすればいいか」を考えることであると言っています。これは柄谷さんと同じ考え方です。
資源に限りがあると考えるならば、それを奪い合うことになり、誰かがより多く手に入れ、誰かがより少ないという問題にしかなりません。しかし、人々が協力することで、より多くの価値を生み出す方法をワイル氏は模索しています。柄谷さんの交換モデルXは「必要なときにはより多くの価値を生み出すことができる」という意味で、ワイル氏と同じことを主張しているのです。
ここで述べた内容も、広い意味ではデジタルに関わるものです。私は柄谷さんの交換モデルXは、デジタルを使えば実現できるのではないかと考えています。RadicalxChangeなどのアイデアは、おそらくイーサリアムのようなブロックチェーンコミュニティで最初に使われることになるでしょう。
デジタル上で交換モデルXが実現することがわかれば、それを現実の政治面に応用することができるかもしれません。それが実現すれば、資源をめぐる争いもなくなる可能性があります。その先には、「公共の利益」というものを核として、資本主義に縛られない新しい民主主義が誕生するかもしれません。デジタル空間とは、そのような「未来のあらゆる可能性を考えるための実験場所」ではないかと私は思っています。
オードリー・タン
台湾デジタル担当政務委員(閣僚)
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