「相続」はトラブルに発展しやすいもの。知識を身につけ、もしものときに備えておく必要があります。今回は、こすぎ法律事務所弁護士の北村亮典氏が、司法書士が作成に関与した「公正証書遺言」が無効になったケースを紹介していきます。

「遺言書」を作成する際、求められる能力は…

遺言を作成する場合には、遺言者に

 

「遺言事項の意味内容や当該遺言をすることの意義を理解して遺言意思を形成する能力」

 

が無ければなりません。

 

たとえ、公正証書遺言の方法によって遺言が遺されていたとしても、後々、病院の診断書、介護施設の介護記録等から、遺言者が遺言当時認知症であることが明らかであった場合には、遺言は無効とされます。

 

専門家に依頼したのに…(画像はイメージです/PIXTA)

司法書士が作成に関与したが、遺言無効になったケース

東京高裁平成22年7月15日判決は、遺言者が認知症であったことを理由に公正証書遺言を無効としたケースですが、当該ケースは、さらに司法書士が公正証書遺言の作成に関与していながら、無効とされたケースです。

 

このケースにおいては、以下の事実が遺言の無効と判断する上で認定されています。

 

遺言は平成17年12月に作成されたものですが、まず、認知症の進行については、

 

①遺言者は平成14年4月の夫の死亡の際には83歳であり,そのころから軽度の認知症と思われる症状が出始めた。平成16年にはその症状が進み,妄想的被害を訴えたり,昼夜の認識や場所の見当識が薄れる状況となっていた。

②平成17年3月及び5月には,医師から痴呆ないし認知症の診断を受けるようになっており、平成17年5月の時点における改訂長谷川式簡易知能スケールの点数は20点。

③遺言者は平成17年2月に大腿骨骨折により入院し,退院後も車椅子生活となって介護老人保健施設に入所し,平成17年12月の本件公正証書作成まで入所を継続していた。

④平成18年9月の原医師の診断においては,大きく進行した認知症の症状が表れており、長谷川式簡易知能スケール11点。

 

という事実を踏まえて
 

「本件公正証書作成当時は,少なくとも平成17年3月及び5月時点より認知症の症状は進行していたものと認められる。」

 

と認定しました。

遺言能力の判定…「認知症の症状」が決め手に

また、認知症の症状については

 

①金銭管理はできない,ないし金銭管理には全介助が必要とされていたこと、及び被害妄想的であることが介護記録上認められること、

②その遺言の内容が、長年遺言者と同居して介護に当たり,養子縁組もしている被控訴人らに一切の財産を相続させず,控訴人に遺贈するという内容であり,特に遺言者の財産に属する本件不動産には被控訴人らが居住していること

 

であったことを合わせ考えると、

 

「このような認知症の症状下にある遺言者には,上記のような遺言事項の意味内容や当該遺言をすることの意義を理解して遺言意思を形成する能力があったものということはできない。」

 

と判断して、遺言能力を否定し、遺言を無効としました。

弁護士・司法書士等の専門家が関与していたとしても…

遺言の作成において司法書士が関与していた点については、

 

①本件公正証書の作成に関与したH司法書士等は,公正証書作成当日初めて遺言者に会ったものであること

②遺言者は当時87歳で介護老人保健施設に入所しており,公正証書の作成を依頼した親族により車椅子に乗せられてきたこと

③同司法書士等は遺言者を診察したことのある医師や亡A子の介護に当たっていた老人介護施設職員の意見を聴取していないこと

 

を理由に、仮に司法書士等が当日の遺言者との会話のなかで、その受け答えに基づいて遺言者に遺言能力があると感じたとしても、遺言能力が無いという結論は妨げられない、としました。

 

この裁判例を踏まえれば、弁護士や司法書士等の専門家が関与して公正証書遺言を作成する場合であっても、認知症の疑いがある高齢者については、医師や介護施設職員から意見を聴取する等して、認知症の程度について確認する、というプロセスを経ていなければ、後々無効とされるリスクがあるということになります。

 

 

※本記事は、北村亮典氏監修のHP「相続・離婚法律相談」掲載の記事・コラムを転載し、再作成したものです。

 

 

北村 亮典

こすぎ法律事務所弁護士

 

 

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