配偶者に「全額」相続させたいなら、遺言状は不可欠
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【事例 Aさん(70代・男性)】
私はがんで余命宣告を受けています。妻は病弱で物忘れも多いので、残して死ぬことが心配です。
一人息子は隣県で商売をしていますが、事業がうまくいっていないようで、見舞いに来た際も「家庭用金庫を見せて」と不穏なことを言っていました。私の財産をあてにしているような気が…。
そんなこともあり、自分の死後に息子が妻を支えてくれるのか、正直心配です。ひとまず、財産は全額妻へ譲る旨の遺言状を書きましたが、安心できません。そこで、妻に「任意後見制度」を利用させることを検討しています。
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死期が迫った場合、残される配偶者が困らないように、できることをしておきたいと考える人は多いと思います。
原則、子どもがいる場合の相続では、配偶者は財産の半分、残りの半分は子が相続することとなります。自分が亡くなった後、Aさんのように妻に「全額」渡したいなら遺言状を書いておくほうがいいでしょう。それにより、遺留分以外は配偶者のものとなります。
また、信託銀行の「遺言信託」などを利用する方法も考えられます。遺言状の作成、保管、さらには遺言の執行、それに伴う資金管理をトータルに行うものです。「生命保険信託」という商品もあります。あらかじめ指定した人に、指定した支払期間・方法で支払われる信託商品です。ただし、手数料などのコストが発生するのでよく確認してください。
<遺言は病床での口述筆記も可>
遺言でよく使われる方法は「自筆証書遺言」と公証役場で作成する「公正証書遺言」の2種です。前者は基本的に自筆で書く必要がありますが、財産目録に関してはパソコンでの作成が可能となりました。また、以前は自宅に保管することが一般的でしたが、現在は法務局で保管してもらうこともできます。
具合がよくないなら、後者がおすすめです。意識さえはっきりしていれば本人が書けなくても、病室に公証人を呼んで口述筆記してもらうことができます(認知症の場合は不可)。
自分亡き後、配偶者が「自分名義の家」で暮らすには?
財産が不動産だけで現金がない場合、相続にあたって売却して現金化することが必要となるケースもあります。しかし、そんなことになれば、子が権利を主張すれば残された配偶者は自宅を追われることに…。こうした問題を解決するために、配偶者が所有する自宅に住んでいた場合は、今後もその自宅に住み続ける権利を保証する「配偶者居住権」が2020年にできました。
Aさんの場合、遺言状に「妻に配偶者居住権を遺贈する」と記載しておけば、息子の同意を得る必要はなく、妻は賃料の負担なく住み続ける権利を得ます。つまり、息子が母親を追い出して売却することはできないということです。
遺言状を書いていない場合も、相続人全員が参加して相続財産をどのように分割するか話し合う遺産分割協議で合意を得られれば、権利を得ることができます。遺言がなく、遺産分割協議においても合意を得られない場合には、家庭裁判所に申し立てて、審判により権利を得ることになります。
認知症になっても「お金のやりくり」ができる制度
Aさんは、妻が認知症を発症して経済的な管理ができなくなることも心配しています。子どもを頼れないとなると、確かに不安でしょう。
そのような場合に役立つのが「任意後見制度」です。もし、判断力が衰えてきたときに備えて、あらかじめ支援者(任意後見人)を決めておくものです。その人に何を支援してもらうかについても事前に決定しておきます(⇒【画像:「任意後見制度」利用の流れ】)。
任意後見人を子どもにすることもできますが、Aさんの妻のケースでは、弁護士や司法書士など専門家に依頼するほうがいいと思います。
内容は、「生活費は預金の中から毎月X万円をあててください」とか、「もし入院するときには手続きをして、財産から支払いをお願いします」「必要になったら、介護サービス、施設の利用契約や支払い手続きをお願いします」などと具体的に決めておくことができます。
任意後見受任者と依頼する内容が決まれば、本人と任意後見受任者が公証役場に行って、公正証書を作成します。そして、いよいよ本人の判断力が低下すると、支援が行われることになります。
子どもを信頼できない場合、あるいは何らかの事情で負担をかけたくないと望む場合の選択肢となるでしょう。
依頼先に悩む場合は、司法書士による全国組織である成年後見センター「リーガルサポート」(https://www.legal-support.or.jp/)に相談してみるのも一案です。全国の弁護士会でも窓口を設けています。ただし、専門家に依頼する場合は月々の報酬が発生するので、費用についてもよく確認しましょう。
太田 差惠子
離れて暮らす親のケアを考える会パオッコ 理事長