医師にとって「予防接種」は報われにくい仕事
泥棒は警察官が捕まえてくれます。捕まった泥棒が収監されれば、物理的に再犯はできなくなりますから、私たち市民も安心して暮らすことができます。しかし、泥棒の逮捕よりさらに重要なのは、警察官がいてくれるおかげで「泥棒しようと思ったが、捕まるのはイヤだからやめる」と、踏みとどまった悪いヤツが、恐らく相当数存在するだろう、ということです。
これは、私たちの生活の安全にとって非常に大きな貢献です。しかし、その点を感謝できる人はごく少数です。「警察官がいなければわが家に泥棒が入っていたはずなのに、警察官のおかげで入らなかった」と考える人は少ないからです。
もしも神様が現れて「君の家に泥棒が入ろうと計画したけれども、〈警察官に捕まるのはイヤだからやめよう〉と思って諦めたのだよ」とでも教えてくれたら感謝するのでしょうが、そんなことは起こりませんからね。
じつは、この考え方には「予防接種を打つか・打たないか」という問題に通じるところがあります。予防接種を打たなければ罹患していたはずの人が、予防接種のおかげで罹患しなかったとしても、それを理由に医師に感謝することは多くないでしょう。
しかし一方で、予防接種の副作用が出た人や、予防接種をしたのに罹患してしまった人は、医師を恨むかもしれません。そう考えると、医師にとって予防接種をすることは「損な仕事」だといえるでしょう。
「未然に防ぐ」より「ピンチを救う」ほうが評価され…
「予防した人は感謝されない」というのは、あちこちで見られる現象です。巨大台風が来て堤防が決壊すると、決壊したところの被害ばかり報道されますが、「堤防がなかったら被害はどれくらいだったのか」といったシミュレーションも報道してほしいものです。
火災の消火に当たってくれた消防士に対し、感謝する人は非常に多いでしょう。消し止めてくれた消防士には、隣家を含め、たくさんの関係者が感謝するはずです。しかし、起きてしまった火災を消火するより、火災発生を抑える日ごろの防災活動のほうが重要なのではと思いますが、そちらについて感謝する人は多くありません。
会社組織でも、鮮やかに問題解決をやってのける人は評価され、周囲から称賛を浴びるものです。なかには「活躍の場」を求め、人のミスを探し回る人すら存在します。しかし、トラブルが起こらないよう気を配りつつ仕事にいそしんでいる人のほうが、組織への貢献度は大きいのではないかと思いますが、彼らの功績は気づいてもらいにくく、したがって感謝もされず、スポットライトも当たりません。
これらを考えると、医療現場では、明確に感謝される「治療」よりも、「予防接種」を進んで担当してくれる医師に、おおいに感謝するべきでしょう。筆者自身、感謝すべき人に感謝できていない場合が多々あるかもしれません。気をつけたいと思います。
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