核家族が増え、自宅での介護が難しい家庭がほとんど
どんなに高齢者が自宅での生活を希望したとしても、自宅での生活に戻れないケースもあります。
身寄りのない人や、家族がいても高齢者を受け入れる態勢を整えられない場合には、患者は病院や施設での生活を余儀なくされることになります。実際、私たちの病院に入院している高齢者の家族からも、「病院で看取って欲しい」「家に引き取ることはできない」といわれることは少なくありません。
核家族が当たり前となった現在、自宅での介護が難しい家庭がほとんどといってよいでしょう。仕事を辞めて実家に戻り、介護をすることは現実的ではありませんし、同居する家族が高齢者ばかりの場合、介護は体力的に不可能です。
厚生労働省の調査によれば、同居している主な介護者のうち60歳以上の割合は、男性では69.0%、女性では68.5%にのぼります。老老介護が長期にわたれば、介護を担っている人が病気になったり、腰や膝を悪くしてしまい、最終的にはふたりとも要介護者になってしまうこともあります。
地方の在宅医療はまだまだ普及していない
さらに在宅医療・在宅介護の整備の度合いも、地域によってばらつきがあります。現在、在宅医療は都心部では比較的発展しているのに対し、地方ではまだまだ普及していないのが現状です。都心部であれば家と家の距離も近いのですが、地方では移動距離が長く、往診医の負担が大きくなります。
都道府県別の訪問診療実施診療所数を見てみると、東京都や大阪府、愛知県などでは比較的往診を実施している診療所が多く、逆に高知県や福井県などでは少ないことがわかります。在宅医療の体制が整っていない地域であれば、ひとりで生活することが困難な高齢者の場合、施設に入所することを考えなければならないでしょう。
こうした事情がある患者に対しても在宅介護を押しつけてしまっては、高齢者もその家族も幸せになることはできません。そこで必要になってくるのが、介護施設です。それぞれの地域に介護施設を整備し、すべての高齢者が適切な介護を受けられる体制が求められます。当然、万一の場合に備え、患者が安心して施設で医療を受けられるように「医療連携」を敷くことも非常に重要です。
老後は「住み慣れた場所」で過ごすのが理想だが・・・
介護・医療体制の整った環境へのニーズは高まる一方です。厚生労働省の調査を見ても、「老後を過ごしたい場所」の質問に、「自宅や子どもの家」と回答した人が70%を超えるのに対し、内閣府の調査によると要介護状態になった時には、「自宅」にこだわり続ける人は減少します。特別養護老人ホームや介護老人保健施設などの施設をあげる人が約25%まで増え、病院や有料老人ホームを希望する人と合わせると40%近くになるのです。
つまり、理想の老後は「自宅などの住み慣れた場所で過ごす」ことであったとしても、介護が必要になった時には、家族への遠慮の気持ちなどから施設や病院を選ぶほうが適切だと考える人が多いのです。私自身、入院患者から「家族に迷惑をかけたくない」「施設で面倒をみてもらうほうが、気が楽」という声を聞くことも少なくありません。
在宅での生活が困難な人にとって必要なのは、適切な医療と介護を提供してくれ、看取りまで行える介護施設ということになるでしょう。
高齢者が自立した幸せな生活を送り、望み通りの最期を迎えるためには、医療従事者と介護施設が連携することが大きな力となります。救急車で病院へ運ばれてしまえば、延命治療によって望まない植物状態となってしまうこともあります。何かあれば迅速に往診や診察の対応がしてもらえ、看取りの際にも医師や看護師がかけつけられるような連携体制があれば、入所している高齢者だけでなく介護に携わるスタッフにとっても安心材料となるはずです。
家族や気心の知れた人々に囲まれながら、緊急時にはすぐに医師の診察や治療が受けられる。その安心感を与えられる場所こそが、高齢者にとって理想の環境だといえるでしょう。
「本当に自宅に帰れるのか」を十分に検討
高齢者を自宅や施設へ帰す役目を果たす病院においては、患者を積極的に治療すべきかそうでないかの見極めが必要です。自宅や施設へ患者を「退院」させることに必死になってしまうと、高齢者医療の本質も見失うことがあります。
入院している患者の治療をある程度終えた時、医師はまず、患者それぞれの病状と、家庭環境など個人の事情を考え合わせて、患者にとって「退院」が可能なのか、「入院」を継続しなければならないのかを判断します。
たとえば酸素吸入が必要であっても、在宅酸素療法を使えば自宅で生活できる人もいます。しかし、ひとり暮らしで夜間の酸素吸入の状態を見守る人がいないと危険な患者もいます。そのような場合には、簡単に退院を認めるべきではありません。日常的に酸素吸入が必要なくなるまで入院治療を続けるか、あるいは酸素の管理のできる施設を探す必要があります。
喀痰吸引の頻度の高い患者も、在宅で診ることは困難ですし、受け入れてくれる施設が少ないという問題もあります。
つらい腰痛で歩くことすらできない患者でも、手術やブロック注射を選択しない場合、高度急性期病院に入院させることはできません。しかし、痛みによってトイレに行くのも困難な状況であれば、自宅での生活は不可能です。こうした場合、自宅に帰るまで一定期間介護老人保健施設などに入所してもらい、リハビリをしながら身体を休め、痛みがとれたら自宅へ帰します。
患者がスムーズに自立した生活に戻ることができるように、病院は患者の状態や状況に配慮し、本当に自宅に帰れるかを検討し退院を決めるべきなのです。
必要なのは「優しい医療の提供」という気構え
医療が常に必要な患者であれば、たとえ長期間の入院によって診療報酬が下がってしまったとしても、簡単に退院勧告はすべきではありません。
診療報酬の改定が続き、特に公的補助がない民間の療養型病院の経営は大変苦しい状況になってきています。入院が長期化すれば報酬が減算されるため、超急性期、急性期、回復期の病院では、長期入院患者には退院を促すのが普通です。また慢性期の病院においては、医療区分がつかず、診療報酬の低い患者の転院はなかなか受け入れられないものです。しかし、それでは制度のはざまで行き先をなくした「医療難民」を多く生んでしまいます。
自宅での介護が困難な患者は入院を継続させる。そうした「優しい医療」を提供していくという気構えを、私たち高齢者医療に携わる者は忘れてはならないのです。