人命を尊重し「医療安全」を語ることは重要だが…
人命を尊重し、医療安全を語ることは重要ですが、社会全体の“不寛容な空気”には危機感を抱きます。一般の皆様には医療行為はそもそもリスクがあり、不確実性を伴うことを認知していただきたいのです。
医療事故などがマスコミで大きく報道されることで、現在の医療現場はどんどん萎縮しています。患者のための診療として心の底では提案したいことを持っていても、リスクがあれば控えておこうといった空気があります。現在の医療安全は「感情的なリスクゼロ」を目指さなければならないという不寛容さがあります。
しかし、医療費の増加が問題視され、有限の人的資源の中で成果を上げるには、一定の合理性が必要です。感情的なリスクゼロと理性的なリスク管理とではどちらが正しいのでしょうか?
目標が最大化すなわちリスクゼロだと、いつまでも達成できないことになります。どこまでのリスクなら許容できるのかといった範囲を合理的に設定する必要があります。
医療には必ず「リスク」や「不確実性」が伴うもの
幸福の追求にはコストがかかるのと同様に、医療にはリスクや不確実性が伴います。ヒマラヤに登れば、雄大な景観を見て、達成感を得ることができますが、当然遭難して死亡するリスクもあります。
「あらゆる疾患の中で、医療が極めて有効なのはわずか11%に過ぎず、80%は医師がいなくても予後に影響しないばかりでなく、9%は医療を受けることによってかえって予後が悪くなる」という超一流の臨床系医学雑誌『New England Journal of Medicine』の元編集長であるフランツ・ジョセフ・インゲルフィンガー(1910-1980)の有名な言葉がありますが、医療は必ずしも有益なことばかりとは限りません。