買ってはみたものの期待外れだったこの本、似合わなかったあの洋服…。「せっかく買ったのだから」と思ってガマンして読み進めたり、いつか着ようとクローゼットにしまいこんだりしていませんか? 損したくないのはみんな同じですが、それ以上に人は「愚かな選択」をしたことを認めたくないものなのです。しかし、その気持ちに基づいた行動がさらなる大きな損失を招くこともあります。経済評論家の塚崎公義氏が解説します。

「つまらない本を買った愚かな自分」を認めたくない

買ってしまったつまらない本を最後まで読む人は「つまらない本を買った自分は愚かだった」と認めたくない心理が働いて、「きっと最後まで読めば、面白いところがあるかもしれない」という根拠の薄い期待に賭けてしまうのかもしれません。

 

株式投資の初心者のなかには、買った株が下がったときに「こんな株を買った自分は愚かだった」と思いたくないので、「もしかしたら株価が戻るかもしれない」という期待に賭け、持ち続けてしまう人も多いようです。

 

そうした投資家に筆者がアドバイスをするとすれば、「何円で買ったのかは忘れましょう。いまからあなたが株式投資を始めるとして、その株を買うでしょうか? イエスなら持ち続けましょう。ノーなら売ってしまいましょう。それだけのことです」というでしょう。

 

「500円で買ったA社の株が800円に値上がりしましたが、売るべきですか?」

 

「1000円で買ったA社の株が800円に値下がりしましたが、売るべきですか?」

 

という2つの質問に対し、異なる回答をするのは誠実ではありません。

 

嘆いている買い手の傷口に塩を塗らないよう、言葉遣いに注意する配慮は必要だと思いますが、この質問への回答は同じ内容でなければなりません。

 

理想をいえば、「持っている株は毎朝全部売り、改めてどの株を買うのかを考えるべき」だといえますが、手数料や手間を考えれば、実際に売るわけにもいかないでしょう。とはいえ、心構えとしてはそれぐらいシビアに取引をしたいものです。

企業の意思決定においても「サンクコスト」は重要

新製品の開発がなかなか成功せず、今後の成功の見通しも暗いという場合、根拠の薄い期待から開発を続ける会社も少なくないようです。「これまで開発に投じた費用がもったいないから、開発を続けよう。もしかしたら成功するかもしれない」というわけですね。

 

さらに、「美術館を建てたが、客がほとんど来なかった」という場合を考えてみましょう。「美術館を閉館すれば運営費が不要になる」というのが正論なのでしょうが、美術館の建設費用がもったいないから、閉館せずに営業を続け、建設費プラス運営費を損してしまう、といったことも起こりそうです。

 

こうした場合の正しい思考というのは「サンクコストのことは忘れ、今後の利益最大化のため、なにが正しい意思決定なのかを考えよう」というものでしょう。

 

もっとも、社内政治には注意が必要です。社内の実力者が推進したプロジェクトの場合、「このプロジェクトは中止しましょう」という発言が、下手をすると「このプロジェクトは馬鹿げているから中止しましょう」というニュアンスで受け取られかねないからです。

 

まあ、そうした配慮がなされすぎるがゆえに、無駄なプロジェクトが中止できない企業も多いのでしょうね。企業の実力者は、部下の問題として叩くのではなく、耳が痛い指摘をしてくれる部下に感謝すべきということなのでしょうが。

「施設の建設費がもったいないから」五輪開催って…

ちなみに、東京五輪開催論者からは「競技施設建設費用がもったいないから五輪を開催しよう。観客も入れよう」という主張も聞かれるようですが、サンクコストの考え方からすれば、この議論には賛同できません。

 

五輪を開催してもしなくても、無観客にしてもしなくても、施設の建設費用は戻ってこないのですから、未来志向で開催の可否、無観客か否か、等を判断すればいいのです。五輪については拙稿『東京五輪開催の逡巡…建設コストに固執する人の危うい経済感覚』(https://gentosha-go.com/articles/-/31485)をあわせてご参照いただければ幸いです。

 

本記事はわかりやすさを最優先として書いていますので、細かい所について厳密にいえば不正確だ、という場合もあり得ます。ご理解いただければ幸いです。

 

筆者への取材、講演、原稿等のご相談は「幻冬舎ゴールドオンライン事務局」までお願いします。「幻冬舎ゴールドオンライン」トップページの下にある「お問い合わせ」からご連絡ください。

 

 

塚崎 公義

経済評論家

 

 

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