医療費高騰対策の一環として在宅での看取りが推進され、また、自身も「自宅で最期を迎えたい」と考える人が少なくありませんが、実際は日本国民の約8割が病院で最期を迎えています。多くの人が望む「在宅死」を叶えるためには、一体何が必要なのでしょうか。本記事では、国民健康保険坂下病院名誉院長の髙山哲夫氏の著書『新・健康夜咄』(幻冬舎MC)より一部を抜粋し、「現役医師」の声をお届けします。

地方は都会よりも死亡率が高く、在宅死も叶わない

都会の医師過剰地域では在宅死を積極的に支えている地域もあります。それが理想でしょうが在宅死を考える場合都会の視点だけで捉えてはなりません。

 

都会では医療以外の介護のマンパワーもあり交通網も整備されています。前述のデータでは在宅死の割合が多い上位は東京、千葉、神奈川の自治体が占めています。別のデータでは1000人あたりの死亡率は医師数の多い地域では低く、医師数が少ない地域ほど高くなっています(北海道、東北など)。

 

同じ国民でありながら死亡率も高く在宅死も叶わない。何とも不幸なことです。ちなみに在宅死が最下位であった蒲郡市は医師のマンパワー不足があり市の医療体制の在り方を巡り住民運動も起きています。

 

現在我が国では将来的に人口の一極集中が懸念されています。全国的に安心して暮らせる地域社会づくりが進められなければますます一極集中が進みます。そうなった時は日本社会の未来もなくなります。

娘に先立たれ、主人は入院。一人になってしまった…

87歳のKさんが悲しそうな顔をしています。「どうされました?」Kさんは娘さんに先立たれ、89歳のご主人と娘婿との三人暮らしでした。

 

「主人が認知症で、施設に入所しました。様子を見に行ったら、タクシー代が片道6500円もかかった。これはたまらんとバスにしたら、3回乗り換え、さらに長い坂道を必死の思いで上って、ようやくたどりついた。あんな思いはもうできない。

 

おじいさんの顔も見に行けない。婿は孫から『自分達の所へ来なさい』と言われ、孫の所へ行ってしまった。私は一人になってしまった。下の娘の嫁ぎ先は遠くで来て貰えない。うつ病で隣の市の精神科にも通っているが、私は車の運転もできない。私はどうしたらいい」

 

87歳ですから運転免許があったとしても運転はしない方がいい。でも困った問題です。通院も困難、ご主人の顔も見に行けない。たった一人の生活です。

 

精神科からの薬は筆者の診察時に一緒に処方することにしました。同じ町内の当院ならKさんも何とか通うことが出来ます。後はKさんが孤独にならず、在宅生活を過ごせるような体制づくりが必要です。

独居高齢者を支える地域づくり、医療機関の存在が重要

93歳のNさんは、最近再三肺炎で入院されています。ご家族からケア付き高齢者住宅への入所が決まったとのご連絡を受けました。また一人、地域を離れます。在宅医療の推進施策の中、在宅での看取りも重視されています。

 

でも、過疎高齢地域では「家で死にたい」を意味する「住み慣れた家で家族に囲まれての人生の終焉」は叶うことのない夢のように思います。

 

住み慣れた家ばかりではなく、住み慣れた地域からも離れ、あまり知人、友人もいない地域で人生の最期を迎える。本来の希望である在宅死とは違うように思います。それを防ぐには独居で病気でも、生活をサポートする地域づくりと医療機関の存在が不可欠です。

 

 

※本記事は連載『新・健康夜咄』を再構成したものです。

 

 

 

髙山 哲夫

国民健康保険坂下病院名誉院長

 

 

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新・健康夜咄

新・健康夜咄

髙山 哲夫

幻冬舎メディアコンサルティング

最新医療機器より大切なものは、患者さんを想う心――。著者のところには、がん、糖尿病、嚥下困難、胃ろう、認知症、独居うつ、褥瘡など、様々な病気をもつ高齢の患者さんがやってくる。地域の高齢な患者さんの声に真摯に耳を…

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