なぜ台湾の人々は「コロナ危機」を共有できたのか
正しい知識を身につけ、一人ひとりがイノベーションを図る
新型コロナウイルス対策に当たった蔡英文政権の面々は全員、SARSのときの経験を共有しています。疫学研究者出身の陳建仁・前副総統(2020年5月で退任)をはじめ、多くのメンバーがSARS流行前後で重要な役職に就いていました。また、現在の政権内には、感染症や公衆衛生の専門家がたくさん含まれています。
これは、公衆衛生の観点から言えば、「少数の人が高度な科学知識を持っているよりも、大多数の人が基本的な知識を持っているほうが重要である」ことを学んだ結果だと思います。
基礎的な知識を持っている人が多ければ多いほど、情報をリマインド(再確認)し、お互いに意見を出し合ったり、対策を考えることができます。逆に、少数の人のみが高度な科学知識を持っているだけの状態では、何が起こっているか理解していない人が多いということです。
想像してみてください。もし前代未聞の出来事が起きたときに、誰にも相談できず、あなただけに決定権が託されたとしたら、果たして的確な判断を下せるでしょうか。このことからも情報の共有がいかに大切なものなのかがわかると思います。
それとともに重要になるのが、「エンパワー(empower)」の概念です。これはトラブルやハプニングに直面した際に、すぐ反応して状況を変えていこうとする力を意味します。誰かから強制されなくとも、主体的に動き、困っている人に積極的に手を差し伸べる。多くの人がそうした力を持つことで、困難な問題も解決に導くことができるのです。
今回の新型コロナウイルス禍で台湾の人々がとった行動は、まさにそうしたことだったと思います。台湾の人々は、17年前のSARSで「ウイルスは社会を震撼させるものである」ことを知ると同時に、多くの教訓を得ました。具体的には、「仮に症状が出ていなくとも、ウイルスは感染する」といったようなことです。そのため、台湾の人々は「なぜ新型コロナウイルスへの対策を厳重にしなければならないか」という理由をよく理解しています。
台湾の街中で、誰かに「なぜ石鹸で手を洗わなければならないか」と聞いてみてください。聞かれた人は間違いなく、「石鹸で洗えば、ウイルスを洗い流せるから」と答えるでしょう。水で洗うだけでは意味がなく、石鹸を使わなければ洗っていないのと同じであることを理解しているのです。逆に言えば、「このウイルスは石鹸を使えば、洗い流すことができる」という基本的な知識を持っているわけです。そこが重要なところです。
台湾の人たちは、CECCが毎日発表する記者会見での情報を真剣に受け止め、「新型コロナウイルス」という新しい感染症に対する知識を深めていきました。そして、「自分のいる場所でいかにしてより良い方法でウイルスに対抗していくか」を考え、一人ひとりがイノベーションを図っていったのです。
民主主義社会においては、イノベーションは社会全体に広がっていきます。決して中央にいる一握りの人たちが他の多くの人々に強制するものではありません。ですから、中央の状況と他の地域の状況が異なっていれば、それぞれに適合したより新しい方法が生み出されていきます。それは、台湾の人々がこのウイルスの仕組みを正確に理解していたからであると言えるでしょう。
このようにして、政府と人々の間にパンデミック(世界的大流行)に備えるための意識が共有されていきました。今回、「手洗いの徹底」「ソーシャルディスタンスの確保」「マスク着用」といった政府の要請を、人々がすぐに実行に移すことができたのは、この意識の共有が一番大きなポイントでした。