自分ではどうにもできない、認知症発症のリスク
投資詐欺に遭った、高額な商品を次々買わされた、といった高齢の方からの相談は「そんなうまい話があるはずがない」と容易に判断できそうなものばかりです。実際、詐欺被害者の多くは「まさか自分が騙されるとは思ってもいなかった」「自分だけは騙されない自信があった」と口にします。
テレビなどで高齢者が詐欺被害に遭ったニュースを見聞きしたとき、大方の人が抱く「どうしてそんなに簡単に騙されるのだろう?」「これだけ新聞やテレビで騒がれているのだから、詐欺だと気付いてもよさそうなものなのに。自分なら絶対に騙されない」という思いを、詐欺被害に遭った人たちの多くも抱いていたはずなのです。
それにも拘らず被害者になってしまうのには、ある理由があります。それは、加齢による判断能力の低下です。
脳の働きは、脳内の神経細胞の活動によって支えられています。記憶や学習、判断をする神経細胞が発達して脳をかたちづくっているのですが、その神経細胞が老化することによって働きが落ちてきます。その結果、物覚えが悪くなったり判断力が衰えたりします。若い頃頭脳明晰だった人ほど、高齢になって自分の判断能力が低下してきているという事実は、認めたくないことであり、受け容れ難いことでもあるのでしょう。
しかし、ある程度の年齢になったら「自分の判断力は、十分ではないかもしれない」と自覚することが、自分の財産を守ることにつながるのではないでしょうか。実際に詐欺被害に遭った人の話を聞くと、最初の電話があったときに自分一人で判断せず、周りの人や息子・娘に相談すれば、容易に防ぐことができたケースばかりです。
何か問題が起こったときに自分一人で判断しようとせず、相談できる相手を持っておけば、詐欺等のリスクを回避することは十分可能なのです。しかし場合によっては、判断能力の低下を自覚するだけでは防ぎようのない事態に陥ることもあり得ます。
それは認知症の発症です。
加齢とともに、それまでできていた記憶や正しい判断、かつて学習した事柄の正しい理解などができなくなり、その障害の程度が所定のレベルを超えたとき、認知症が発症したと認められます。本人が本来持っている性格や置かれた環境、周囲との人間関係といったいくつもの要因が絡み合って、うつ状態や妄想といった精神症状が起こったり、日常生活への適応が困難になったりすることもあります。
認知症にはいくつかの種類がありますが、一番多いのは、脳神経が変性して脳の一部が萎縮していく過程で起きるアルツハイマー型認知症です。それに次いで、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害による血管性認知症も多く見られます。
厚生労働省によると、かつて日本では血管性認知症が多かったのですが、最近このタイプは減ってきており、アルツハイマー型と血管性認知症が合併しているものが多く見られるようになってきています。
5人に1人が認知症を発症する時代がやってくる⁉
2015年1月、認知症に関して厚生労働省から衝撃的な数字が発表されました。今後、5人に1人が認知症を発症する時代がやってくるというのです。
同省が発表した「認知症施策推進総合戦略(オレンジプラン)」によれば、わが国における認知症の患者数は、2012年で約462万人、65歳以上の高齢者の7人に1人と推計されています。正常と認知症との中間状態である軽度認知障害と推計される約400万人と合わせると、65歳以上の高齢者の4人に1人が認知症またはその予備軍になるともいわれています。
その数は今後高齢化が進むにつれて、さらに増加することが見込まれており、現在入手できるデータに基づいて新たな推計を行ったところ、今から10年後の2025年には、認知症の患者数は700万人前後となることが予測されました。
65歳以上の高齢者に対する割合は、現在の約7人に1人から約5人に1人に増加する見込みとなります。
認知症については糖尿病の人や高脂血症の人がなりやすいといわれ、生活習慣が発症に影響することが指摘されていますが、発症原因については未だ不明な点も多く、決定的な治療法も確立されていません。
今後、認知症の高齢者が増えるにつれ、特殊詐欺などの被害に遭う高齢者も増加していくことでしょう。加齢によって認知能力が不十分になることで、どのような財産トラブルに巻き込まれやすくなるのか、具体例を挙げてご説明しましょう。
高齢者を狙った詐欺の恐ろしい実態
電話で「オレだけど」と前置きして、あたかも息子であるかのように、「○○の事情で急に○○万円が必要になった」と、親心に付け込むオレオレ詐欺は、やり方がどんどん巧妙になってきています。
【典型的なオレオレ詐欺に遭ったケース】
〈事例1〉
被害者は70代の一人暮らしの女性です。
ある日、息子を名乗る人物から、
「仕事でお客さんのところに営業に行ったとき、カバンを忘れてきてしまった。その中に、今日中に支払いを済ませなければならない300万円が入っていた。遠方ですぐには取りにいけないから、金を用立ててくれないか」
と電話がかかってきました。
「直接、手渡ししてもらった方が安心できる」
ということで、時間と場所を指定されたものの、女性が家を出ようとするとき、再び息子から電話があり、
「自分は他の仕事が入って行けなくなったので、会社の同僚に行ってもらうようにした」
と言われました。
女性は、虎の子のタンス預金と銀行で下ろしたお金を持って指定された場所へ行き、「息子の上司」を名乗る男に渡してしまいました。
後日、息子に電話したところ、
「そんな電話はしていない。母さん、騙されたんだよ」
と言われ、初めて自分がオレオレ詐欺に遭ったことに気付いたということです。
最近のオレオレ詐欺は、足がつかないよう銀行振り込みを避け、手渡しを指定してくることが増えていますが、このケースでもやはり時間と場所を指定してきました。
約束の場所にお金を持っていこうとすると、また息子から電話がかかってきて、
「別の人物に行ってもらうことになった」
と告げるのも、定石通りです。
こうしたオレオレ詐欺の被害は、新聞や雑誌で繰り返し報道されているにも拘らず、減ることがありません。
わが子を思う親心がそのベースにあることはもちろんですが、それ以上に、加齢による認知能力の低下が大きく関係しています。
認知能力とは、人が視覚や聴覚などの感覚を活用し、その時々の状況や周囲の人との会話などから外部の情報を理解して、認識する能力のことです。
人は睡眠時以外は、自分の置かれた状況を自分自身でよく理解し、認識した上で、自分の行動や言動を決定したり、外部からの刺激に反応したりすることを繰り返しています。
ところが、加齢によって視覚や聴覚の機能が低下すると、外部からの情報を誤って認識するようになり、その結果として正しい判断もしにくくなっていきます。
この女性の場合、そういった認知能力の低下が進んでいる状況で息子の窮地を知り、「大変なことになった」と動揺して、いっそう判断力を鈍らせてしまったのでしょう。
また、日頃から近所の人との付き合いがなく、相談できる相手がいなかったことも災いしました。誰かがひと言、
「もしかしたら、それは詐欺なんじゃないの?」
と言ってくれれば、騙されることはなかったかもしれません。
【うまい儲け話に騙されたケース】
〈事例2〉
相談者は70歳の男性です。
「1000万円を貸し付けてくれれば、毎月100万円ずつ利息を支払います」
と持ちかけられ、貸付金契約をしてしまいました。最初の1〜2カ月は約束通り、100万円ずつ利息をもらいましたが、やがてそれも途絶えます。
先方に連絡したところ、
「現状では、毎月100万円の利息を払うのが難しい状況になったので、500万円追加してください。そうすればうまくいきます」
と言われ、さらに500万円の貸付金契約を行いました。
しかし、利息が支払われることはなく、相談のため弁護士の元を訪れました。
この男性は、東京都区内の庭付き一戸建て住宅に住んでいます。一部上場企業を定年退職し、5000万円の預貯金を持っていました。
年間300万円を超える年金収入もあり、経済的に逼迫しているどころか、恵まれている方といえます。それでも本人の心の中には、「これからは年金収入が頼り。足りない分は預貯金を崩すしかない」という焦りに近いものがあったそうです。
犯人はそこに付け込むかのように、「お金を貸し付けてくれれば、うまく運用して毎月100万円ずつ利息が支払われます」と持ちかけたのです。
普通に考えると「そんなうまい話があるはずがない」と判断できそうなものですが、自分の手元にそれ相応の資金と、「年金だけでは不安」という思いがあったことから、つい乗ってしまいました。
また、この男性の場合、最初に騙し取られたお金の運用が失敗しています。ここで懲りて、二度と関わりを持たなければまだよかったのですが、追加資金まで投入しています。
実はこれが、相手のやり口なのです。株式投資で失敗したときなどにもよく見られることですが、人間というのは「失敗した分を取り戻したい」という気持ちが働くもののようで、犯人はその心理をうまく利用しているのです。
騙されているかもしれないと薄々気付いてはいても、それ以上に「取り戻したい」という気持ちが強く働き、結果として2度も騙される羽目になりました。
この男性が私の元に相談に訪れたのは、2度目の詐欺被害に遭った後で、すでに3000万円を騙し取られていました。
男性には2人の息子がいます。一人はすぐ近くに住んでいるので、最初に被害に遭ったときに相談するなり打ち明けるなりしておけばよかったのですが、それをしなかったことで被害額が大きくなってしまいました。
オレオレ詐欺の場合は、息子をかたって騙してくることが多いので、最終的に親が子どもに確認して発覚してしまうのですが、他の詐欺に関していえば、親は子どもに自分が騙されたことを隠し通そうとします。
「こんな恥ずかしいことは言えない」「子どもにバカにされたらどうしよう」という気持ちが働くのでしょう。
また、特殊詐欺に関しては、警察もあまりあてにはなりません。詐欺の立証は非常に困難であるため、よほど騙された人の数が多く、被害総額が大きくない限り、刑事事件にはなりにくい傾向があるのです。
意を決して警察に行ったはいいけれど、相手にされず、「弁護士さんに相談してください」と言われることが多いようです。
この男性の場合も同様で、警察では相手にしてもらえませんでした。というのも、いわゆる投資詐欺(儲け話の契約)であれば犯罪として立件できますが、このケースの犯人は非常に巧妙で、男性に対して、投資ではなく貸付金の契約をさせていました。貸したお金をどう使うかは先方の判断次第であり、結果的に儲からなかったとしても、犯罪として立件することは非常に難しいのです。
また、被害者が弁護士に相談してくることを知って、犯人側が時間稼ぎをしてくることもあります。何とかして裁判や刑事事件になるのを回避しようとして、
「弁護士に相談すると、取り戻せるはずのものも取り戻せなくなりますよ。あなたにだけはお金を返せるように努力しますから、裁判はやめておいた方があなたのためです」
などと言ってくるのです。
詐欺罪の公訴時効は7年なので、このようなことを言ってのらくらと被害者をかわしながら、引き延ばしにかかってくるというのは、よくあることです。
詐欺の被害者のなかには、借金を背負う羽目になったり、自宅まで取られてしまったりした人もいます。この男性の場合、身ぐるみはがされたわけではありませんが、手痛い結果となりました。
眞鍋 淳也
南青山 M’s 法律会計事務所 代表社員
一般社団法人社長の終活研究会 代表理事 弁護士/公認会計士