「納税資金対策」が失敗する危険性は常にある
相続税の負担を軽減するためには、相続財産を減らす、または相続財産の評価を下げる対策(節税対策)を検討しておくことが重要となります。節税対策がうまくいけば、発生する相続税の額を減らし、最善の場合にはゼロにすることも不可能ではありません。そうなれば、「納税資金を確保するためにはどうしたらよいのだ……」と頭を悩ませる必要もなくなります。
もっとも、それはあくまでも〝正しい対策〞を行うことが大前提となります。万が一、間違った対策を行ってしまえば、かえって相続税の負担を重くすることになりかねません。たとえば、よく知られている節税対策の一つである生前贈与にも、そのような危険がひそんでいます。
◆生前贈与が節税となる仕組み
いったい、なぜそのような事態が起こるのでしょうか。まずは、生前贈与が節税対策となる仕組みから確認しましょう。基本的なことから説明すると、生前贈与とは、相続が発生する前、すなわち被相続人となりうる親が元気なうちに子どもや孫に贈与(無償で財産を与える)することをいいます。
父親から子どもや孫に金銭などを贈与するのがその典型的な例になります。そして、生前贈与に関しては、原則として「贈与税」が課されます。贈与税は、個人から財産を贈与された時に財産をもらった側にかかる税金です。
この贈与税の原則的な課税方法は、「暦年課税」と呼ばれ、1年間に贈与を受けた財産の合計金額をもとに贈与税額を計算するものです。複数の人から贈与を受けた場合も、複数の人から贈与を受けた合計額をもとに計算をします。
贈与を受けた財産から110万円を基礎控除として差し引くことが認められています。要するに、1年間で贈与された財産の合計額が110万円以下であれば、贈与税はかからないわけです。
この暦年課税の基礎控除を受けられる「暦年贈与」を利用して、たとえば、毎年、110万円以内の範囲で生前贈与を行っていけば、贈与税を支払うことなく財産を減らすことが可能となります。その結果として、相続が発生した時には、相続税の課税対象となる相続財産が、生前贈与を行わなかった場合に比べ大きく減少しているはずです。これが、生前贈与を用いた相続税対策の基本的な仕組みになります。
ただし、相続が発生する3年以内に行われた贈与については、相続税の計算上、相続財産に含めて計算することになるので注意が必要です。
生前贈与には「名義預金」という思わぬ落とし穴がある
相続税対策として生前贈与を行っているつもりで、被相続人が相続人の知らないうちにその銀行口座に預金をしていることがよくあります。しかし、このような場合には、贈与の効果が生じません。
そもそも、贈与は、贈与する側(贈与者)の「あげる」、受け取る側(受贈者)の「もらう」という意思が合致して初めて成立します。逆にいえば、あげる側が一方的にあげたつもりになっていても、もらう側がもらったことを知らなければ生前贈与の効果は認められないのです。
たとえば、Aさんが全く知らないうちに自分の名義で銀行口座が作られ、親がAさんに贈与するつもりで貯金をしていたとします。このようなケースでは、Aさんが自分名義で貯金が行われていることを認識していないのですから、「もらう」という意思がないことは明らかです。すると贈与は成立しないことになります。
このように、名義人がその存在を知らない預金は「名義預金」と呼ばれ、贈与のつもりで第三者が預金を行ったとしても贈与とは認められません。その結果、名義預金に対しては相続税が課されることになるのです。
最近も、私はある人から次のような相談を受けました。
「相続税の調査で、私名義の預金通帳の残高まで主人の相続財産として修正申告をするように言われました。私はこの預金のことを知りませんでしたが、きっと主人が、毎年、非課税の範囲内で10年以上にわたり、私へ贈与してくれていた気持ちのこもった大切な財産です。これに課税されるといっても納得ができません」
残念ですが、このようなケースの場合、名義預金とみなされることは避けられず、課税を免れることはできません。もちろん嘘はいけませんが、この預金の存在を知っていたか知らなかったかは本人しかわからないので、「知っていた」と言ってしまえば、なかなか「知らなかった」ことを税務当局が立証するのは難しいと思います。
しかし「知っていた」と言うだけでは名義預金でないとはいえません。以下のような判定ポイントがあります。
① 預金通帳は誰が、保管、管理をしているか
② 印鑑は口座名義人本人の印鑑であり、名義人本人が管理しているか
③ 贈与された預金金額は、本人が自由に使える環境にあったか
等々です。このように、生前贈与のような、誰もが当たり前のように行っている相続税対策でさえも思わぬ〝落とし穴〞があり、そのためにかえって多くの税金をとられる危険性があることは、しっかりと意識しておく必要があるでしょう。