企業が事業投資として書籍を出す「企業出版」は、集客・販促、採用、周年事業といった企業のさまざまな課題解決において大きな力を発揮します。本連載では、商業出版との違いなどの基本知識から、企業出版の実践(書籍マーケティング)で成功を収めるための具体的なノウハウまで、株式会社幻冬舎メディアコンサルティングで取締役を務める佐藤大記氏が詳しく解説します。

HP等では差別化が図りにくい医学部受験予備校の世界

企業出版では大きく6つの業界、「不動産」「金融・投資」「士業」「医療・介護」「教育」「B to B」を主要ターゲットにしています。今回は、主要6業界の中の「教育」について、医学部受験予備校を例に説明します。

 

医学部受験予備校は教育業界の中でも特殊な存在です。まず学費のレベルが違います。医学部受験予備校は年間700万~1000万円ほどかかります。学生の多くは浪人生であり、2~3浪は当たり前で、4浪、5浪も珍しくありません。医者の子どもが多く、特に開業医の場合は自院の後継ぎということで、莫大な教育費を使うことに親も躊躇しません。

 

一般の大手予備校とは異なり、医学部受験予備校の多くは中小規模のため、ブランド力に乏しいのが共通点です。ですから学生や親に自校を選んでもらうためにブランディングにはどこも力を注いでいます。ウェブ広告も盛んで、ホームページの充実や資料請求サイトなどにも多額のお金を投じています。

 

同時に、学生の獲得競争も熾烈です。予備校同士の足の引っ張り合いも激しく、あの塾はこうだとか、講師はこうだとか、リーク合戦の様相を呈しています。一方で、ホームページ等の充実を図っても、そこに書かれる情報は良い話ばかりであり、どの予備校も似たような内容になる以上、差別化が図りにくいのが実情です。

 

医学部予備校の「かき入れ時」は決まっています。多くはこれから浪人する学生が対象なので、1月末から3月上旬の約2ヵ月間に集中します。受験に失敗した学生と親たちが、4月の授業開始に向けて一気に予備校探しを始めるのです。ネット情報をかき集めるだけでなく、書店に行って参考になる本を片っ端から漁るというケースも珍しくありません。

子どもを医学部に合格させたいのなら親の覚悟も必要

こうした背景がある中、大きな反響を呼んだのが、企業出版による『医学部受験の闇とカネ』(2011年11月刊)です。著者は、医学部受験予備校TMPS医学館代表の長澤潔志氏です。

 

同書は学生だけではなく、親も対象にしたところがポイントです。親(多くは医師)は、子どもを医学部に合格させられる予備校はどこなのか、必死に情報収集しています。しかし、ネット上にあふれる情報だけでは、なぜA予備校がいいのか、B予備校がいいのかを判断することができません。

 

そこで書店に向かいます。そして本書と出合い、引き寄せられます。たくさんの受験本が並ぶ中で、異彩を放っているからです。子どもをどうにかして医学部に合格させようとしているところに、『医学部受験の闇とカネ』という驚くような言葉が目に飛び込んでくるのですから、気にならないはずがありません。

 

この書籍には、タイトルどおり、医学部受験予備校と医学部受験マーケットの裏側が描かれています。予備校がかかげる合格率のカラクリ、授業料の総額、講師の質、さらには裏口入学や特別な推薦枠の存在など、医学部受験の実態が赤裸々に暴かれています。

 

著者は同時に、親に対しても厳しく指摘をします。医学部受験に対する親の無知、教育への関与の低さが原因で、多くのどうしようもない学生が予備校にやって来るというのです。学生本人は医師になる気がなく、合格する気もない。ただ、親に言われるまま予備校に入るというような学生が毎年いるといいます。そこで著者は、本気で子どもを医学部に合格させたいのであれば、親の覚悟も必要だと力説します。

いま、塾や予備校にとっては「情報発信の大チャンス」

長澤氏は理想の教育を求めて医学部予備校を立ち上げた人物です。その考え方、思想や理念に共感した親は、この先生と予備校なら信頼できる、間違いないと腹落ちし、通わせる決心をします。

 

長澤氏はこうしてライバル予備校がやらない情報発信を本気で行い、差別化とブランディングに成功しました。実際、同書が出版された翌年は、本を読んで入塾した学生が40名近くに上ったのです。同書は版を重ね、改訂版も2016年に刊行。これも2刷になっています。

 

コロナ禍の現在、教育業界ではオンライン学習が増えています。在宅での学習が中心となり、家庭内でも教育への関心が高まりやすい環境の中、実際に教育関連の書籍が、児童書も含めて好調な売れ行きを見せています。

 

医学部受験にせよ、一般の大学や中学・高校受験にせよ、いまは塾や予備校にとって独自の教育理念やノウハウ、スキームを情報発信する絶好のタイミングです。そもそも教育の世界は「お金をかけてでも正しい情報が欲しい」という人が多い分野です。親はウソの情報にだまされたくないという意識が強く、塾や予備校の経営者はどういう人物なのか、どんな理念を持っているのかを知りたがっています。

 

事実、いま教育業界から企業出版の問い合わせが増えており、発注も増加しています。今後さらに伸びる分野だと期待しています。

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