【事例】「子のない妻」にマンションを遺したはずが…
「我々はあなたにはもう、かかわりたくないのだよ」
義父は早苗に出て行けと言うのだ。
「早苗さん、あなたが暮らしているマンションはもともとは妻のものだった。彼女は私の反対を押し切って息子の稔(仮名)に渡したんだ。今、彼女は後悔している。ということで返してもらうよ」
「遺言書はあります」
義父は紙に目をやると一笑に付す。
「早苗さん、これは無効だ。出ていくことが決まったんだから、さっさと荷物をまとめてくれ」
(被相続人の遺言書は図表2参照)
<無効と言われた稔さんの遺言書…どこが「残念」なのか?>
残念ポイント① ×【遺言書】
本文のワープロ書きはNGです。
残念ポイント② ×【その他】
・メモ書きを印刷しただけの遺言書はNG
・作成日付がない
・署名
・押印がない
●他にも残念な点が…⇒ ×【早苗に一任します】
「一任する」はなんとなく、早苗さんに全財産を相続させると取れますが、全財産の事務手続きを一任するとも解釈できます。
遺言書は無効でも「今すぐ出ていく」必要はない
遺言書はなんでもよいわけではなく、書き方次第で無効となる場合があります。たとえば、メモ書きのようなもので、日付や署名、ハンコが押していないものは無効になります。図表2のようなワープロ書きもいけません。不安が残るときは、封をする前に専門家(弁護士、司法書士など)に相談し確認してもらうとよいでしょう。
稔さんは遺言書を残しましたが、署名もハンコも日付もありません。無効となったため、遺産分割協議書が必要になりました。協議書には、法定相続人全員(父・母と早苗さんの三人)の合意をとらなければなりません。
一般的に、法定相続人は妻と子どもというパターンが多いため、親は法定相続人ではないというイメージを持つ方もいます。しかも、早苗さん夫婦には子どもがいません。すると、妻が全財産を相続できるような気がしますが、これは間違い。子どもがいないときは、親が存命かどうかが重要です。存命の場合、法定相続人は妻と親、すなわち早苗さんと亡くなった稔さんの両親となります(*)。
親の法定相続分は全財産の3分の1⇒6000万円、こちらを夫婦で半分ずつ分けるので真一さん、佳乃さん、それぞれ3000万円ずつとなります。
真一さんの言い分は、自分がマンションを相続する(返してもらう)のだから、嫁の早苗さんはさっさと出て行けということです。早苗さんにしてみれば、ひどい話です。実は、早苗さんは家を出ていかなくても良いのです。というのは、民法の改正で、「配偶者短期居住権」が明文で認められるようになりました(2020年4月1日施行)。これは、妻(別居している場合はダメ)は、遺産の分割が終わるまでの一定期間、今までどおり、家に住み続けることができる権利です。早苗さんはそのままタダで家に住んでよいのです。
(*)親が既に死亡しているときは配偶者と兄弟姉妹。法定相続分は配偶者4分の3、兄弟は4分の1⇒法定相続人の決め方は、以前の記事『父急逝で自宅売却危機…「前妻の子」の相続分を拒否するには』(関連記事参照)。
<弁護士よりひとこと>
ハンコがないといった、形式上の不備があると遺言書は無効になります。ただ、早苗さんと話し合って遺言書が作成されているなどの事情がある場合、死因贈与として故人の遺志が認められる可能性もゼロではありません。死因贈与とは、死亡を条件として贈与を受ける生前の約束(合意)をいいます。とはいえ、もめないためにも封をする前に不備がないか確認しましょう。
配偶者の「遺産分割終了までは住み続けられる」権利
<「配偶者短期居住権」とは?>
「配偶者短期居住権」は配偶者居住権とは別物です。どのような権利かというと、配偶者(早苗さん)が相続開始時(夫の稔さんが亡くなった日)に稔さんが持っている建物(マンション)に住んでいれば、遺産の分割がされるまでの一定期間、そのまま住み続けることができるというものです。
配偶者短期居住権は、稔さんの遺志に関係なく、遺言がなくても有効です。とはいえ、遺産分割が終わり、早苗さん以外の人がマンションを相続することになった場合、早苗さんはずっと住み続けるわけにはいきません。早苗さんがずっと、住むところに困らないようにするには、遺言で配偶者居住権を設定するか、早苗さんにマンションを相続させるのが確実です。そして、もう一つ、生前贈与という手もあります。詳細は次のページで解説しています。
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