前回は、M&Aの起承転結にもとづいた手順における「結」のクロージングについて説明しました。今回は、失敗せずに、会社を高値で売却するためのポイントについて見ていきます。

情報量と案件数の多い仲介業者と専属契約を結ぶ

ここまで見てきたようにM&Aで会社を売却するというのは、不動産や商品を売買するのとは違うことがわかっていただけたと思います。ただ、お金のやり取りだけで儲かればいい、高く売れればいいというものではありません。

 

しかし、譲渡した社長にとって、会社売却後の第2の人生のことを考えれば、ある程度のお金は必要です。会社をできるだけ高値で売却したいと思うのは当然のことでしょう。そこで、ここまで見てきたM&Aの6つのステップにおいて、できるだけ会社を高値で売却する方法と失敗しがちなポイントについて考えてみたいと思います。

 

「①受託」で大切なのは、情報量と案件数の多い、しっかりした仲介業者1社と専属契約を結ぶことです。

 

高値で売却するための極論を言えば、できるだけ多くの相手に当たることです。しかし、時間と労力を省き、より効率的に優れた相手を見つけるには、信頼のおける実績ある仲介業者やM&Aコンサルタントとじっくりつき合うことをお勧めします。

 

売り手企業としては、M&Aで会社を譲り受け、その会社を優れた手腕で経営していける買い手企業というのは限られているため、買い手企業に提案するときは、緻密に練られた提案書を一発勝負で提案すべきなのです。

 

また最近では、怪しげで詐欺的な業者が増えているので注意が必要です。パンフレットなどを見ると、自社が手掛けた案件ではないものばかりが掲載されていたり、信頼性が疑わしい売り手企業の情報しか提案しないような業者がいます。決算書など簡易な情報だけが業界内に出回っているようなケースです。

 

さらには、個人ブローカーのような動きをしている業者もいます。しかし、M&Aの業務は1人でできるようなものではありません。実際、日本M&Aセンターでは買い手と売り手のマッチングの際は160人以上のコンサルタントが情報を持ち合い、そうした情報の中から綿密に候補企業を絞っていきます。

 

M&Aは億単位の投資であり、買い手企業は絶対に失敗できないものです。そのため、どの買い手企業も情報が錯綜している「出回り案件」を嫌うのは当然です。譲渡を希望する経営者は、仲介業者を以下の点を重視して選定してください。

 

●独立性があって専門性が高い。

●優良な買い手候補企業のデータを豊富に持っている。

●規模が大きい。

●実績が豊富にある。

企業の本質が分かる「企業概要書」を練り上げる

「②案件化」では、数字だけではなく、自身の“思い”や“心”を伝えることが必要です。

 

M&Aコンサルタントが、売り手企業の「企業概要書」を作成する際、売り手企業の社長にヒアリングをしていきますが、よくあるのはその企業の財務面などの数字のほか、「強み」と「弱み」しか書いていないパターンです。しかし、本当に大切なのは社長の「会社に対する考え方」や「ここまで経営を続けてきた思い」です。

 

特に中小企業の場合、企業の戦略はオーナー経営者の個人的な考えで決まり、変わっていくことが多いものです。そのため、M&Aで会社を譲渡するのも戦略的にいちばんいい時期ではなく、オーナー経営者の都合、たとえば歳をとったから引退したいとか、病気で経営を続けられなくなったというような理由に左右されることが多いものです。であるならば、オーナーである社長の個人的な考えや思い、譲渡を決意した理由などを担当のコンサルタントにきちんと伝える必要があります。

 

また、特に譲り受けた会社をさらに成長させられる優れた買い手企業の社長は、数字だけが入った企業概要書を見ても心は動かないものです。買い手企業の中には、「資金はあるから、いい物件があったらすぐに話を持ってきてくれ」というような社長もいらっしゃいますが、物の売買ではないのですから、そうした考えはお勧めできません。

 

以前、担当したある調剤薬局を提案するとき、筆者は企業概要書にこのような文章を添えました。

 

「この調剤薬局は、お釣りを必ず“新札”でお客様にお渡ししている薬局です」

 

また、あるカレールーメーカーの企業概要を提案する際、「オーナーは子供の頃、カレーを食べて体調が悪くなったことがあったそうです。だからこそ、無添加にこだわったルーを作り続けてきました」というように経営者の想い、哲学を書き添えました。

 

M&Aにおける企業概要書は、ただの会社案内ではありません。その裏にある社長の想いや会社の物語を伝えるものでもあるのです。本当に優良な買い手企業の社長は、そうした企業の本質を見ています。

 

案件化の段階では、まず売り手企業の社長は焦らず、目先のことにとらわれず、今までの経営者人生を振り返りながら、担当コンサルタントにご自身の想いを伝えてください。

 

何ごともファーストインプレッションは重要です。買い手企業の社長の心を動かす想いを込めた「企業概要書」を担当コンサルタントとともに練り上げていきましょう。

相手を本気にさせるため、交渉は1対1で行う

「③マッチング」で気をつけるべきことは、隠し事をしないことです。

 

どんな企業でも、叩けばホコリの1つや2つは出るのは当然のことでしょう。そうした負の部分を社長は隠したがりますが、これは会社を高値で売却するにはマイナスになります。以前、ある会社の企業評価を行ったときに社員が2億円を横領していたことがありました。社長も知らなかったのですが、こうした問題は後から必ずわかってきます。どんな問題でも我々M&Aコンサルタントには正直に話をしてください。

 

案件化の際の「企業評価(プレ・デューデリジェンス)」においても大切なことですが、たとえば、粉飾決算をしていた、簿外債務がある、社員への未払い残業代がある、違法建築をしている、会社のキーマンである人物が辞めそう、大口顧客を失いそうといったさまざまな問題を社長から正直に話していただければ、この段階なら我々M&Aコンサルタントは大抵のことには対応できるのです。もちろん、株価への影響も最小限に食い止めることができます。

 

「⑤交渉」のトップ面談から基本合意契約までで重要なことは、早い段階で1社に絞って交渉を進めることです。

 

交渉は最初の1カ月が勝負です。金額的にも、経営理念や企業風土の面から見ても、もっともいいお相手が見つかるチャンスの時期です。なぜなら、当社ではもっとも良いマッチングであるという確信を持って厳選した最適なお相手を提案しているからです。もし、いい相手だと思ったら、すぐに1社に絞って交渉を開始するのが正解です。違う候補が浮上してくる2順目、3順目のほうが候補数も減るため、良い出会いの確率も下がっていきます。

 

M&Aの「基本合意契約」は、婚約にあたります。婚約目前なのに、もっといい相手はいないかと探しているのは相手にとって失礼ですし、買い手企業も本気にはならないどころか不信感を持つのではないでしょうか。もちろん、競合がいれば数社を競い合わせて自社に有利な条件を引き出すということもありますが、そうではないならば相手を本気にさせるためにも1対1で真剣に交渉を進めていくことが大切です。

本連載は、2015年9月20日刊行の書籍『「業界再編時代」のM&A戦略』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「業界再編時代」のM&A戦略

「業界再編時代」のM&A戦略

渡部 恒郎

幻冬舎メディアコンサルティング

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