1989年:今度はニッカ、ベンネヴィス蒸留所を買収
1989(平成元)年1月7日、昭和天皇が崩御(ほうぎょ)され、翌8日より元号が平成となりました。ほかにも、消費税(3%)のスタートにリクルート事件、美空(みそら)ひばりの逝去と、激動の一年でした。ベルリンの壁崩壊、天安門(てんあんもん)事件など海外でも大きな出来事が起きています。
ウイスキー業界にとっても変化の年となりました。まず、酒税法の大幅改正により、長らく続いた級別制度が廃止になりました。特級、1級、2級という表記がなくなったのです。これにより、旧特級と旧1級は減税となり価格がダウン。逆に、旧2級は増税となり価格が上がりました。級別制度の廃止により、大きな被害を被ったのが地ウイスキーメーカーです。旧2級ウイスキーは、その安さが売りです。
しかし、増税となり価格が上がってしまったため、売り上げが激減。旧2級ウイスキーをメインに扱っていた地ウイスキーメーカーの多くが、1989年から1990年代前半にかけて事業の撤退を余儀なくされます。
一方で、従来の級別では特級に分類されていた輸入ウイスキーの価格が下がり、手が届きやすくなりました。これはつまり、サントリーとニッカウヰスキーにとっては競合が増えることを意味します。そんななか、ニッカウヰスキーがスコットランドのベンネヴィス蒸留所を買収するとのニュースが流れました。
ベンネヴィスは創業1825年の歴史ある蒸留所ですが、スコッチ不況により閉鎖となっていました。ニッカウヰスキーは地元の人たちの反感を恐れ、自社の名前を伏せて買収を進めていたとか。しかし実際には、現地の人々は「日本のニッカウヰスキーがベンネヴィス蒸留所を再稼働させてくれる」と買収を歓迎したそうです。二代目社長の竹鶴威はこの買収について、「スコッチに追いつき追い越せを目標にしてきた父は、まさかニッカが私の代になってスコッチの蒸留所を買収するとは思っていなかっただろう」と述べています。
さらにニッカウヰスキーは、「シングルモルト余市」「シングルモルト仙台宮城峡」を発売。また、ニッカがシングルモルトのラインナップを増やすなか、創業90周年を迎えたサントリーは、ブレンデッドウイスキー「響」をリリースしています。
二代目社長の佐治敬三が、最高峰と呼ぶにふさわしいウイスキーを目指し、これまでの技術を結集させた逸品です。当時のキャッチコピーは「ハーモニーの、日本です」。このキャッチコピーは、響という製品名と、響がブラームス作曲の「交響曲第1番」の第4楽章をイメージしてつくられたという逸話に由来しているのでしょう。
佐治の父親であり、サントリー初代社長の鳥井信治郎が最後に手がけたウイスキーがサントリーローヤルでした。佐治は父のローヤルを超えるウイスキーとして、響を送り出したのかもしれません。長らくジャパニーズウイスキーの頂点に君臨していたローヤルを超え、なおかつ、世界の名だたるウイスキーと勝負できるブレンデッドをつくりたい。そんな思いがあったのではないでしょうか。佐治の熱い想いが込められた響は、のちに数々の品評会で受賞しています。
さて、この1989年は、かの有名なウイスキーのキャッチコピーが生まれた年でもあります。
なにも足さない。なにも引かない。
ピュアモルトウイスキー山崎のコピーです。皆さんは、このコピーについて不思議に思ったことはありませんか。山崎はシングルモルトなので、「なにも足さない」は、「グレーン原酒や醸造アルコールなどを足さない」という意味だと解釈できます。では、「なにも引かない」とはどういうことなのでしょうか。
このコピーを手がけたのは、コピーライターの西村佳也(にしむらよしなり)さんです。西村さんのインタビュー記事によると、「なにも引かない」には特別な意味はなく、ピュアという単語が持つ、ありのまま、そのままというイメージを表現したくてつけ足したのだそうです。確かに、シングルモルトの魅力をこれほど的確に表現したコピーはほかにありません。
サントリーホワイトのCMも秀逸でした。出演したのは、盲目の歌手であり、ピアニストでもあるレイ・チャールズです。チャールズがサザンオールスターズのヒット曲「いとしのエリー」を英語でカバーし、ピアノで弾き語りする姿がお茶の間を魅了。レイが歌った「いとしのエリー」のカバー曲も大ヒットし、オリコンチャートで3位にランクインしたほどです。
1950年代から1980年代までのウイスキーの動向を、広告とともに振り返ってきましたが、いかがだったでしょうか。有名スターをたびたび起用した広告からは、戦後からバブル景気までの、ウイスキーの勢いや華やかさが感じられます。
土屋 守
ウイスキー文化研究所代表
ウイスキー評論家
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