退職後にがんが判明…退職金が保険料で消えていく
がん患者にはいろんな声が届きますが、医療者ががん告知をする際に、「仕事は辞めないで」と話すことも増えています。これは、「治療に専念しなきゃ」とか「きっと仕事は続けられないだろう」と早合点(はやがてん)することを防ぐための声かけです。
最近のがん治療は、入院から通院にどんどんシフトしていることから、治療を続けながら仕事ができるようになってきました。ただ、告知のショックで、治療が始まる前に仕事を辞めてしまう人がいるのも事実。そこで、どうすれば治療と仕事が両立できそうかを一緒に考えたいと思います。
■がんになって、仕事もなくなった
がんになって気づいたことは、一般的にがん治療は手術で終わりじゃないということ。術後の治療や定期検査が何年も続いていく。また、考えたくはないけれど、再発する可能性もなくはない。そうなると、仕事を辞めて、家でゆっくり過ごそうかな……と考えがちです。それもひとつの生き方ですが、退職すると収入がなくなるうえに治療費に困ることも。私も仕事を辞めた影響の大きさを経験したひとりです。
近所に乳腺の専門病院ができたと知ったのは、まだ会社に勤めていた頃。ランチ中に当時の同僚から、「久しぶりに触診を受けたよ!」と聞きました。住んでいる市から検診ハガキが届いたので、興味本位でいったそうです。毎年、人間ドックでマンモグラフィー検査を受けていますが、触診は長らく受けていません。気になりながらも、そのときは同僚の話を他人事(ひとごと)のように聞き流してしまいました。
それからしばらくして会社を退職。長い人生を考えたときに、いまの仕事を続けていくのはどうなんだろうという思いからでした。
でも、人生は思うようになりません……。
私が「がん」だとわかったのは、勤めていた会社を辞めたわずか2週間後。家のなかを整理していたときに見つけた検診ハガキをもって、乳腺の専門病院にいったのです。
当時の私は3ヵ月程度夏休みを楽しんだあとに就活するつもりでした。念のためにといった検査で、まさか「がん」が見つかるなんて思いもよりません。こんなことなら、在職中に検査を受けておくんだった……。後悔しても後の祭りです。
病院にかかるには、健康保険証の提示が必須です。これは、治療費のほかに毎月の健康保険料の支払いが必要だということ。家族の扶養に入ることができれば、自分で社会保険料を支払うことなく過ごせます。ただ、一定額以上の失業手当を受給する場合、家族の扶養に入ることができません。その場合、自分でなんらかの健康保険に加入することが必要です。
退職後の健康保険は、
①転職先の企業の健康保険に加入する
②前職の健康保険を継続する(任意継続)
③住んでいる市町村の国民健康保険に加入する
④家族の扶養に入る
以上の4つから自分で選択します。
会社に勤めていた頃の社会保険料は労使折半(せっぱん)。もし、健康保険料が2万円だとしたら、会社が半分の1万円を負担し、従業員も1万円負担していました。退職後の私は、転職するまでのつなぎのつもりで②の任意継続を選択。この場合、会社の負担はなくなり保険料の全額を自己負担することになります。
■保険料や税金、ローンがのしかかる
私は当時43歳だったので、任意継続の健康保険料に介護保険料の負担もあります。そのうえ、国民年金や住民税、住宅ローンの支払いも待ったなしです。お給料から天引きされていると、社会保険料や税金の重みにも気づくことはあまりないかもしれません。退職後の収入がないなかで、わずかな退職金がこの重みに耐えられなくなるのは、時間の問題でした。
そこで家族から「もっと、ゆっくりしたらいいのに」と猛反対されながら、就活を始めることに。健康について書く欄がない履歴書を探して、いくつかの企業に応募したのです。
ただ、どの会社でも面接で健康状態を聞かれました。黙っていてもよかったのですが、体力がまだ万全ではなく、重たいものをもつこともできません。結局いつ手術したのかを聞かれて、そこで面接が終わる状況でした。手術から3ヵ月しか経過していないことから、勤務は無理だと判断されたようです。
それまで面接で落ちたことはほぼなかったので、この状況がよく呑み込めませんでした。がんで離職すると、こういうことになるのだな。身をもって知った瞬間でした。こののち、雇用保険(失業保険)の給付を受けながら、医療事務の職業訓練を受けることで、こころの落ち着きを取り戻していったように思います。
■働きながらがんの治療をしている人は約32.5万人
厚生労働省「平成22年国民生活基礎調査」によると、がんの治療のため仕事をもちながら通院している患者は、男性14.4万人、女性18.1万人、合計で32.5万人いるといわれています。
今後高齢者雇用が進めば、ますます働きながらがんの治療をする人が増えてくると予想されます。
そのため、治療と仕事の両立も、政府が勧める働き方改革のひとつのテーマとなっています。
ここでわかるのは、なんらかの工夫ができれば治療をしながら仕事を続けられそうだということ。仕事を辞めることは、いつでもできます。休職して様子を見ることもできるのです。使える制度を知らずに仕事を辞めることがないように、会社や公的な社会保険制度を活用する余地はないかを調べておきましょう。