「やる気」を動かす6つのエンジン
前回の記事『「勉強しなさい!」と言われた子の成績が伸びなくなる根本理由』では、「やる気」には大きく分けて2つあり、外から与えられるもの、内側から湧き出るものがあることを解説しました。持続的かつ自発的な学習には、後者が重要です。外からのやる気より内からのやる気がいいことはわかったけれども、具体的にどうすればいいのでしょうか。そこで、この2つの動機づけをさらに細かく分けてみます。すると、より具体的な行動のアイデアが出てきます。
本記事では、「動機づけの二要因分類」を紹介しましょう。これは、東京大学の市川伸一教授が外発的動機づけ・内発的動機づけをさらに分解したもので、「人はなぜ勉強するのか?」というアンケートの答えを分類することで作り出されました。いわば、6種類の“やる気エンジン”だと思ってください。1つずつ説明していきますね。
①報酬志向…報酬を得る手段として勉強する(ほめられたいから・叱られたくないから)
子どもが勉強しない時に怒る人は多いですが、それは「報酬で釣る」のと種類は全く同じです。子どもが「宿題をしないと親に怒鳴られるから」という理由で勉強する状況は、勉強に対してネガティブな印象を与えてしまうのであまり良いとは言えません。この際、罰ではなくご褒美を与えてみるのはいかがでしょう。
6つのやる気エンジンのうち最初は、この報酬志向を意識した「ご褒美作戦」から入ると効果的です。伸学会では、お菓子を勉強への報酬として使っています。これを入口に他の動機を得ていくのです。
②自尊志向…プライドや競争心から勉強へ向かう(勝ちたいから・負けたくないから)
人に勝ちたい、負けたくない、置いていかれたくない、という気持ちで勉強するのが自尊志向です。特に、実力が近い友人がいるときが一番うまくいきます。中学受験の経験がない保護者の方なら、算数で競争してみてもいいかもしれません。
ただし、お子さんに負けが続くときは注意しましょう。勝っていると調子に乗って続けますが、あまりにも勝てないと諦めてしまいます。塾や習い事を選ぶなら、クラス内で落ちこぼれになってしまう状況は避けたほうがいいでしょう。
集団授業を行う塾の立場からすると、競争で生徒を煽る戦略は使いやすいのですが、少ない勝者に対して敗者が多くなってしまい、クラス全体のやる気につながりにくいものです。「成績勝負」だけでなく、「前回より伸びた点数で勝負」「学習時間で勝負」「解けた問題数で勝負(人により扱う問題は違うが)」といった工夫をしたほうがいいでしょう。
③関係志向…他者につられて勉強する(みんなやっているから・信頼している人を喜ばせるため)
もし、お子さんが「中学受験をする」と言い出したとしたら、理由は何でしょうか。「クラスメイトがみんな受験するから」ではないでしょうか。実際、同じ目標に向かう集団がいることは有利に働きます。同じ小学校で中学受験をする人が自分しかいないよりも、たくさんいたほうがやる気につながります。
やる気は感染します。高い意欲を持った子の周りには、意欲の高い子が集まります。仲のいい友達グループで勉強するとやる気が出る、という意味で受験は集団戦とも言えます。塾を選ぶなら、クラスにチーム感があるか、人間関係が良好かどうか、同じ目標を目指している生徒がいるかどうかは重要です。
④実用志向…仕事や生活に活かすために勉強する(今や将来に役立てられるから)
授業内容がどのように生活や社会で役立っているかを知ることは、大きな意味があります。小学生段階の学習内容で何かに役立つ例を探すのは難しいですが、「英語を学ぶことで、外国に旅行するときに役立てたい」「地理の知識があれば、旅行のときにどこが名所か大体わかる」「お金の計算に、算数で習った割り算やかけ算を使う」「高速道路の標識に表示された距離と、車の速さから到着時間を計算できる」など、見つけ次第お子さんに示すことができれば、学んだ意味を感じることができます。
⑤訓練志向…知力を鍛えるために勉強する(賢くなるから・頭が良くなるから)
②の自尊志向が他者比較に注目するのに対して、この訓練志向は自己比較に注目します。勉強を続けていくと、「前はできなかったことができるようになった」という実感を得られるタイミングが来ます。この積み重ねが楽しくなると、「もっと賢くなりたい」という好循環が生まれます。「こういう頭の使い方が賢さなのか」「こういう勉強をすれば記憶によく残るのか」という発見を求めるため、勉強法が改善されていきます。親としては、「ちょっと前よりこういうところがよくなっている」と伝えてあげましょう。
⑥充実志向…学習自体が楽しい(楽しいから・やりたいから)
ここまで到達したら、あまり邪魔しないで見守るのが一番。逆に、ここからスタートするのはとても難しいでしょう。算数が苦手な子が、算数を楽しいと思うまでにはハードルがあります。最終目的地の1つですね。この状態になった子どもに報酬を与えると、かえってやる気を弱めてしまうので気をつけましょう。
まずは「どれでもいいから点火する」ことが大事
これら6つのエンジンは、外発的動機づけに近いものと、内発的動機づけに近いものに分類できます。右下に近づくほど外発的で、左上に近づくほど内発的です。右に進むほど、実益・利益を重視するようになっていきます。
より重要なのは、上段のエンジンなのか、下段のエンジンなのか。上段が学習内容に関係する動機で、下段が学習内容に無関係な動機です。実用志向の子は「英語を役立てたいから英語を勉強する」ため、勉強内容は英語でなくてはなりません。しかし、報酬志向の子は「勉強したら怒られない」なら、どの科目をどうやろうと関係ないのです。
そのため、質の高い学習のためには、内容に関係する上段の動機を重視したいですね。「楽しいからトコトンやる」「どこまでも自分を賢くしたい」「役立てようとする努力に終わりはない」からです。実際、市川先生の研究でも、上段の動機を持っている人は良い学習法を選ぶ傾向にあったようです。
一方で、内容に関係ない下段の動機は悪者かというと、そうではありません。下段の動機を持っている人に、悪い学習法を選ぶ傾向はないそうです。下段の動機もあって損はありません。最初から上段の動機を持つことは難しいため、下段は入口として使いましょう。苦手科目がいきなり楽しくなることは考えにくいので、まずは「みんなやっている」「やったら褒めてもらえる」から始めればいいのです。
そして、学習を持続させるためには、複数の動機を持つことが大事です。どれか1つが欠けても、他の動機で勉強できます。複数の意欲(エンジン)を持っていると、墜落しにくくなるのです。充実志向が一番いいように見えますが、これは冷めやすいことも確かです。みなさん、昔からずっと続いている趣味は、どれくらいあるでしょうか。複数のエンジンを持って互いに補助し合うことで、飛び続けることができるのです。
【まとめ】
「やる気のエンジン」は6つあるので、子どもがどれで動いているか考えよう。
複数のエンジンを持っていたほうが墜落しにくいので、あらゆる方向からアプローチして増やしていこう。