人はみな「死亡率100%」の生き物である
さて、インフルエンザ菌のワクチンは、もしかしたら日本人の総死亡率は減らさないかもしれません。しかし、元気な子どもが突然死亡したり、一生神経に重い障害を残したりするという悲惨な事態を避けることはできます。そのような目的に照らし合わせている限り、インフルエンザ菌ワクチンは非常に価値の高いワクチンであると言えるでしょう。だから、諸外国同様、日本でもインフルエンザ菌のワクチンはどの子どもでも自由に接種できるよう無料で提供されるべきだと私は考えています。
総死亡率は確かに「価値の1つ」でしょう。でも、総死亡率は「価値のすべて」ではありません。私たちは他にも大切な価値をたくさん持っているのです。それに、ながーい目で見れば、私たちみんな死亡率100%の生き物です。生きているものはいつかみんな何らかの理由で死んでしまいますから、長い目で見ると、死亡率を下げるのは原理的に不可能ということになります。要は、何歳で死にたいか、どのように死にたいか、という価値観の問題になってくるわけです。大切なのは、何を大事な価値と捉えるか、それを各人が明確にすることだと思います。
長生きこそががんを増やす
話は少し脱線しますが、がんになる最大の危険因子ってなんだかご存じですか ? それはタバコでも発がん物質でもありません。
加齢、すなわち年を取ることです。
がん患者さんは年々増えています。タバコを吸う人は減っているのにがんは増えています。それは簡単な理由で、高齢化社会になって、人が長生きするようになったためです。長生きするとがんになる機会は増えるのです。長生きこそががんを増やすのです。
ですから、どうしてもがんになりたくないという人は、極端な話、タバコをやめるよりも何よりも、長生きしなければよいのです。ただ、多くの人にとってそれでは本末転倒です。その理由は、「なぜがんになりたくないのか」を考えれば、容易にわかるでしょう。逆に、「90歳をすぎた高齢者にがん検診をする価値はあるか」という問いに対しても、同じような観点から考えてみなければならないでしょう。「90歳になってもがん検診をするか ? 」という命題は、読者のみなさん自身で、自分の問題として考えてみてください。
いずれにしても、大切なのは情報が十分に開示されることです。情報の開示こそが私たちプロの医療者や行政の果たすべき責任なのです。こうしなさい、ああしなさいと価値観を押しつけることではありません。その与えられた情報をどう料理するかは、本当は1人ひとりが決めればいいだけの話だと思うのです。あとは、各人が自分の欲する目的を明確にし、それに照らし合わせた医療のあり方に賛同したり反対したりすればいいだけの話でしょう。
神戸大学医学研究科感染症内科教授
岩田 健太郎