志のあるなしは入学直後の行動ですぐわかる
■「修士論文」と「特定課題論文」
博士号を取るにしても、MBAを取るにしても、その審査は研究論文で決まります。そのために、修士課程においては論文ゼミ(ゼミナールの略)に1年半ばかり所属し、自分の研究テーマをまとめていく必要があります。
また、修士課程の場合は2人の教授のゼミに入らねばなりません。つまり、自分の研究テーマに対して、2人の先生から指導していただくということです。ゼミは、教授ごとに2週間に1度開かれます。ゼミのメンバーが、自分の研究テーマの進捗状況を全員の前でパワーポイントを使って発表します。その発表に対して教授がアドバイスします。ゼミメンバーも質問したり、意見を述べたりします。この繰り返しを重ねて、自分の論文を磨き、完成させていくことになります。
多くのゼミメンバーは、論文のテーマを決めるのに四苦八苦していました。大学院に入って、自分は何を研究したいのかをはっきりさせていれば、テーマは初めから決まっているようなものです。つまり、このような院生は目的を持って入学したのではなく、修士の肩書きが欲しかっただけだ、ということを証明しているようなものです。
レンタルドッグシステムを構築したい、というテーマを持ったメンバーがいました。捨て犬を集めて、それをレンタルで貸し出すビジネスのようでした。ビジネスとしての収益も含めた経営計画もまったくなく、単に、自分が一時的に面白いと思ったからテーマにした、という感じでした。生き物をそのように扱うことも共感できませんでしたので、思わず「ふざけていい加減なことを言うな!」と怒ったことを覚えています。担当教授がビックリして私を見ていたような気がしました。
落語の名取りの女性メンバーが、落語が趣味の素人が語ることができる高座をつくりたい、というテーマで取り組んでいました。面白いテーマだなと感じました。その後、事業として実現したというニュースは聞きませんが。
修士論文には同じ名前ですが「修士論文」と「特定課題論文」(多摩大学大学院では現在は「実践知論文」と称しているようです)の2通りがあります。
「修士論文」は、学問や論理的な究明を主体とした研究論文のことをいいます。一方、「特定課題論文」は自分が会社で関係するビジネスを主体としています。たとえば、自社の製品の品質レベルを向上させるためにどうするか、とか、自社の設備投資をどのようにすれば合理的か、など自社の事業を深掘りするようなものです。「特定課題論文」は、会社の事業計画会議への提出資料のようなものと私は受けとめました。
担当教授からは修士論文のほうが特定課題論文よりレベルが高いと評価されているので、修士論文を進められました。もちろん私は、迷わず修士論文にしたのは言うまでもありません。
社長の「経営者意識の変革手法」を数値化して証明した
■「経営再生メカニズム」の理論
さて、私自身の修士論文についてです。論文を執筆する目的が明確でした。「経営再生メカニズム」という、私の経営再生に対する持論の論理づけが最終的な研究目的なのです。
そこで、修士論文ではこの中でも、中小企業の経営再生のカギともなる社長の経営者意識をどのように変革させるかということを論理的に研究してまとめました。
論文のタイトルは「窮境企業再生のカギ(経営者変革手法の研究)」としました。内容的にはかなり専門的になりますので、ほんのさわりの部分だけ説明します。この内容を説明するのが本意ではありませんので、ざっと目を通して「なるほどね」と思っていただければ結構です。
経営者の心のうちを構成する特性には、大別して「意識特性」と「環境特性」と「行動特性」が大幹となります。「意識特性」は危機意識、覚悟、再生意欲で構成されます。同様に「環境特性」は経営密度と経営知識、「行動特性」は実行力、指導力、営業力で構成されます。大事なことは次の3つです。
① それぞれの特性を定量的に評価する方法の開発
② 各特性を変革させる手法
③ 特性と収益性改善の関係の分析と検証
これらについて、私がこれまで再生指導した多数の企業からサンプルをランダムに抜き取り、統計的手法に基づいて検証しました。その結果、特に意識特性と行動特性が大きく、収益力改善に影響を与えることが証明されました。つまり、経営を立て直すには、社長の意識と行動特性を強化させることが最も有効である、ということを意味します。
修士論文の審査は、予備審査と最終審査の2回あります。予備審査は最終年度早々に行われます。それは、論文執筆に対するアドバイスが主体です。最終審査がいよいよ合否を決める本番です。
審査は審査員となる3名の教授によって評価されます。完成した修士論文をもとに、パワーポイントで研究の主旨や結論を20分程度で発表しましてから、質疑応答が30分程度あります。
内容的な審査はもとより、発表態度や時間配分、そして服装までが審査の対象となります。私は仕事柄、相当数の講演会やセミナーの講師をしてきましたので、人前で話すのはほとんど緊張しませんが、このときばかりはガチガチになりました。
おかげさまで、論文審査は合格、それも優秀論文賞をいただきました。これによって、MBAを取得できたということになります。つけ加えますと、受講した講義はすべて「優」つまり「全優」という成績簿もいただきました。私の年齢と業務の忙しさから考えますと、少しばかり自慢です。
修了式のときにアカデミック・ガウンに帽子をかぶり、寺島実郎学長から学位証と優秀論文賞をいただいたときは感激しました。さらに、修了生を代表して教授の皆様に謝辞を申し上げました。懇切丁寧にご指導をいただいたことのお礼とともに、私にとっては、今日がスタートである、と申し上げました。
参列した皆さんは、この年で、この先、何に向かってスタートするのか、と思ったのではないでしょうか。
「だましじゃないですか!」筆者が激怒したワケ
■修士課程から博士課程へ
さて、修士論文の目途がついた頃、いよいよ次のステップである念願の博士課程に進む準備をしなければならないと思いました。具体的に、どのような手続きを踏めばよいのか知りたくて、大学院の事務課の責任者に聞きに行きました。
「この9月に修士課程を修了してから、博士課程に進みたいのですが、どうすればよいのでしょうか?」
すると、「実は、博士課程は受けつけていないのです」という返事。
「え? なんていうことを!? 大学院のガイドブックにも博士課程がある、と書いてあるじゃないですか!」
「それは、大学院として書かなければいけないから書いてあるだけで、実際には受けつけてないんですよ」
――そんなの、だましじゃないですか!
「申し訳ないのですが、何年も前から受けていないのです。したがって、博士課程の具体的な諸規定もないし、実際に難しいのです」
何とかしてくださいと何度頼んでも、答えは変わりませんでした。そういえば、私が知っている限り、これまでに博士課程に在籍する人を見かけたことはなかったのです。私なりに大志を抱いて大学院に入り、この段階になって博士課程は受けつけない、とは言葉にも表せない絶望感と怒りを抱きました。
もう、こうなったら私の母校である早稲田大学院の博士課程にでも行くか、とも思いましたが、最後の手段として、ゼミの担当教授である宇佐美洋教授に相談しました。宇佐美先生も初耳のようでビックリされていました。
その後、前述しました修士論文の最終審査の後、宇佐美先生は私のところに来られて、少し審査室の前で待機していてほしい、ということでした。やがて、宇佐美先生は、「吉岡さんを博士課程に受け入れることに決まりました」と伝えてくださいました。
私の最終審査の審査員であった多摩大学大学院のトップのお2人と相談をしてくださったのでしょう。これは私の推測ですが、修士論文のレベルも受け入れの参考としたのかもしれません。私には宇佐美先生が神様のように見えたことは言うまでもありません。こんな事件があったことは、大学院当事者でもほとんどの人は知らなかったでしょう。たぶん、本記事を通じて、そんなことがあったのだ、と知ることになるでしょう。
後になって、宇佐美教授からのお話では、私の取り上げている研究テーマについて、大学院に指導できる教授がいない。早稲田大学院でもほかの大学院でも日本中で指導できる教授が現実にいないと思う。したがって、宇佐美先生自身が私と一緒に勉強するつもりで担当教授を引き受けることが私を博士課程に引き受ける前提となったそうです。
大変ありがたいことで、この判断がなければ、いまの私も、また書籍『定年博士』もなかったということです。いまでも、関係された教授の皆様に心から感謝しております。また、私が博士課程に進めたことで、私の後に博士課程で研究する人が何名も続くようになりました。多摩大学大学院における博士課程の道を開いたと自負しています。
博士論文合否はこれで決まる!「4つのポイント」
■難関の英語力審査
MBAを得てから博士課程に進むことになりますが、博士論文を完成させて博士号を取得するまでのステップについて、フローチャートをもとに説明しましょう。まず初めにやってくる難関は英語力審査です。博士論文は日本語で書いても、英語で書いてもいいのですが、私はもちろん迷わず日本語で執筆です。研究にあたっては、原書を読む必要が出てきますので、英文を読む力が必要なのでしょう。かく言う私も英語の原書を3冊ばかり読みました。ただし、必要な箇所を抜き取り的に読んだ、という程度で完全に読破したとは言えませんが。
実は大学卒業以降、英語にはご無沙汰しておりましたので、英単語さえ忘れている自分に改めてビックリしました。試しに、英和辞典をめくりながら英語の原書を読み始めました。単語そのものを調べるのは簡単ですが、熟語となると探し出すのに手間がかかります。そこで以前、孫の進学祝いにプレゼントした電子辞書を思い出しました。
「そうだ、文明の利器を使おう!」と思い、「EX-word」という電子英和辞典を手に入れました。実際に使ってみると、なかなか便利です。年寄りにはもってこいの武器です。余談になりますが、最近の辞書は、俳句の歳時記はおろか、小説まで読めるのです。すごいものです。そこで、毎日のようにこの電子辞書を使って英文を読み、英語に触れるようにしました。
A4用紙1枚程度の英文を日本語に翻訳するという英語力テストは、おかげさまで合格。もし「×」ですと前に進むことができませんので、それで一巻の終わりです。ひとまず第一歩が進めたとホッとした覚えがあります。
■博士号取得までのステップ
次に、博士課程に進んでから2か月くらいのところで、「博士論文中間審査」があります。前述しました修士論文の中間審査と同じような方式でした。ただし、博士論文ですから、審査員は大学院のトップの責任ある教授の方々です。まだ、この段階では博士論文は1行も執筆していませんから、論文のテーマ設定や構成についてアドバイスをいただくことが主体でした。この後は、[フローチャート]にありますように、
・学会発表審査
・査読付き論文審査
・論文最終審査
などと続きますが、内容につきましては、本連載にて詳細を説明しますので、ここでは、博士号を取るまでにこのような関門がある、ということだけでとどめておきます。
■博士論文審査合否の〝見極めポイント〟
さて、博士論文を執筆するにあたり、どのようなことを重視しなければならないのか、について知らなければ先に進めません。そこで、指導教授に質問したり、関係文献を調べてみますと、どうも次のような4項目が審査の重要ポイントではないかと考えました。
①新規性
論文にて提案されている内容が、これまでとは異なった新しい独創性があるかどうかということ。世の中にある定説の範囲内ではなく、先行研究がないほどのオンリーワン的なオリジナリティを打ち出す必要があります。
②有効性
論文の内容が、今後の社会の産業や学術に役立つものかどうか。あくまでも自分の趣味や興味の範囲ではなく、社会の発展のために貢献できるものであることを明確にする必要があります。
③了解性
論文を読む読者が、わかりやすく理解しやすい文章や分析で展開されていることが不可欠です。独りよがりにならないように気をつける必要があります。
④信頼性
論文が、信頼できる内容であることが大事です。そのために、客観的に納得させられる材料を分析して客観的に証明する必要があります。特に、再現性が重視されます。
数年前のことですが、小保方事件という大騒動がありました。論文の「コピペ問題」から始まって、「スタップ細胞はあります!」と断言したものの、結局再現することができず、最終的には博士号を剝奪されてしまいました。
関係するほかのスキャンダルもあり、社会問題にまでなりました。その事件以来、博士論文の審査が相当厳しくなったようで、コピペ検査という工程まで追加され、コピペ率が何%というようなチェックもされるようです。クワバラ、クワバラ。このようなことを、頭の中に刻み込んで論文の執筆を始めました。
【つづく】
吉岡 憲章
未来事業株式会社 代表取締役