「口約束」がもたらす相続の悲劇

■相続登記をするメリット

 

(写真:PIXTA)
(写真:PIXTA)

 

例えば、それまで自宅の登記簿に所有者として記載されていたAさんが亡くなった際、Aさん(被相続人)の相続人が、Aさんの妻Bさん、長男Cさん、長女Dさんの3人だったとします【相続関係図を見る】

 

[図表1]相続関係図

 

そして、この3人で話し合って自宅はCさんが相続するとしたとき、あるいはAさんが生前に遺言を書いており、その内容が、自宅はCさんに相続させるというものであったときは、自宅はCさんが単独で相続することになります。

 

その後の手続きとしては、3人で話し合った結果をまとめた遺産分割協議書または遺言(自筆証書遺言の場合は家庭裁判所の検認済みのもの)を法務局に提出し、自宅の不動産の登記簿の所有者をAさんからCさんに変更する相続登記をすることになります。

 

さて、このようなケースにおいて、もしCさんが相続登記を怠っていた場合は、どのようなことが起こり得るでしょうか?

 

相続登記には期限がありませんので、怠ったとしても罰則はありません。しかし、まず3人での話し合いにより相続した場合についてですが、相続登記を怠るということは、登記する際に法務局に提出する必要のある遺産分割協議書も作成していない可能性があります。

 

もしそうだとすれば、遺産分割協議はしたけれども、それは3人の間での口約束でしかなく、後日その不動産がCさんのものであることを証明することが、非常に難しいものとなってしまうかもしれません。

 

例えば、被相続人であるAさんが亡くなってから長年経過した後に、その妻のBさんも他界したとしましょう。そうしてCさんとDさんの2人になってから、万一Dさんが、「そんな遺産分割協議はしていない、自宅は私のものよ」と言い始めたらどうでしょうか。Cさんが一定期間、相続した自宅に住んでいた場合は、時効取得により、Dさんに対して所有権を主張をすることができるかもしれません。

 

しかし、もしそうではない場合は、Bさん、Cさん、Dさんの3者で遺産分割協議があったことを証明しなければなりませんが、Bさんも亡くなり、主張し合う当事者であるCさんとDさんの2人だけという状況では、証拠となる遺産分割協議書がない以上、証明するのは不可能に近いといっていいでしょう。

「3人の子に対して口頭で伝えた」で大変なことに…

翻(ひるがえ)って相続登記さえしておいたなら、手続き上、遺産分割協議書を作成して法務局に提出しているはずです。

 

遺産分割協議書には、相続人全員が実印を押して、各々の印鑑証明書を添付します。加えて、相続人全員が署名もするのが一般的ですので、Dさんが、自宅をCさんが相続するとした内容の遺産分割協議に応じた事実が認められる可能性が高くなり、2人の間で争いは起こらなかったかもしれません。

 

次に、被相続人であるAさんの自筆証書遺言により相続した場合ですが、これもよくあるケースとして、「遺言があるのだから、この家は自分のものに間違いない」と思って相続登記をせずにいたところ、その遺言を紛失してしまったということが起こり得ます。その場合もやはり、相続登記をしておかないと、自宅をCさんが相続したことを証明できなくなってしまいます。

 

このようなケースでも、相続登記をしておけば、Cさんが自宅を相続したことについての争いを、未然に防ぐことができるかもしれません。

 

事例1:母から相続した土地が、祖父の名義のままだった

 

ご相談にいらしたEさんは、Eさんの祖父の名義となっている土地を、Eさん名義にすることをご希望されていました。

 

ご事情をお伺いすると、祖父が所有していた土地をEさんの母が相続して、この度母が亡くなったことにより、その土地をEさんが相続したとのこと。それでEさんがその土地を売りたいと考え、不動産業者に相談したところ、登記簿の名義をEさん名義に変更しないと売ることができないと、不動産業者に言われたと言います。

 

この土地が祖父から母に相続されるにあたっては、祖父が生前にその意思を、母を含めた3人の子に対して口頭で伝えたそうで、その後祖父が亡くなった際にも、他の2人の子はその土地を母が相続することに反対せず、相続した母は相続登記を行なっていませんでした。そのため、その母が亡くなりEさんが相続したにもかかわらず、その土地の名義は今も祖父のままになっているというわけです。

 

[図表2]相続関係図

 

相続登記をするためには、遺産分割協議書または遺言が必要です。

「知らない」「聞いていない」が続出した結果…

しかし、祖父の相続が発生したとき生前にその意思が伝えられていたため、祖父の子全員はその土地に対して遺産分割協議をしておらず、遺産分割協議書も作成されていませんでした。もちろん、遺言もありません。

 

加えて、Eさんがご相談にいらしたときには、すでに母以外の2人の子、すなわちEさんにとって叔父と叔母にあたる方々は亡くなっていました。つまり祖父の子全員に相続が発生していたのです。

 

〈Eさんの相続登記手続き〉

 

さて、この土地の登記簿に記録されている所有者名義を祖父からEさんに変更するには、いずれにしても、まずは祖父から母が当該不動産を相続したことのわかる書類が必要となります。

 

具体的には、このように祖父から生前に口頭で伝えられ、遺言が存在しないというケースの場合、本来ならば、祖父の子全員の実印が押された遺産分割協議書と、それぞれの印鑑証明書がそれに当たります。

 

たとえ、その土地を相続してほしいと被相続人が口頭で相続人に伝えたという事実があったとしても、被相続人が遺言書を遺していなければ、法的な拘束力は何もないのです。しかし、祖父の子全員が亡くなってしまった今現在、そうした遺産分割協議をすることも、遺産分割協議書を作成することもできません。

 

このような場合は、祖父の子全員の相続人全員で、遺産分割協議をすることになります。つまり、EさんとEさんの従兄弟姉妹全員で、遺産分割協議書を作成しなくてはなりません。

 

Eさんが従兄弟姉妹全員に連絡を取ってみたところ、彼らは祖父がEさんの母にその土地を相続してほしいと彼らの父母に伝えたということも、彼らの父母がそのことに反対していなかったということも、直接の当事者ではないため知りませんでした。

 

しかし幸いにして、Eさんと従兄弟姉妹全員はたまに連絡を取り合う仲でした。そのため話が通じやすく、Eさんからその土地について従兄弟姉妹全員に対して話をしてもらった結果、皆、Eさんがこの土地を相続することを快く承諾してくれたのです。

所在不明、認知症…「放置しておく」リスクが高すぎる

そこでさっそく、Eさんと従兄弟姉妹全員で遺産分割協議書を作成することに。その後Eさんは無事に、その土地の登記簿に記載された祖父の名義をEさんのものへと変更をすることができました。

 

〈考察〉

 

もし、Eさんの従兄弟姉妹たちのうち、1人でも話し合いに応じない方がいた場合や、納得をしない方がいた場合、話し合いがなかなかまとまらず、長期化あるいはEさん名義に変更することが困難となっていた可能性があります。

 

また、そうでなくても万一、所在が不明で連絡が取れない方や認知症の方、未成年者がいた場合には話し合いを行なうことができないため、家庭裁判所に特別代理人や成年後見人などの選任手続きを申し立てることが必要となっていたかもしれません。

 

Eさんの場合は幸運にも、そのようなことにはなりませんでしたが、祖父が亡くなった後に、祖父の子全員が協力して、その土地の名義を祖父名義から母名義に変えておいてさえいてくれたなら、Eさんはその土地の名義を自分の名義に変更する際、わざわざ従兄弟姉妹全員に連絡を取る必要はなかったため、彼らを煩(わずら)わせることなくEさん単独で変更することができました。

 

相続登記は、いつまでにしなければならないという法律で定められた期限もなく、相続人同士でその不動産を誰が取得するか争いがないときは、行なわずにいても問題が顕在(けんざい)化しませんが、行なわないことにより数年、数十年後になってから問題が顕在化し、親族間に争いを生むリスクが潜(ひそ)んでいます。

 

不動産を相続した方は、ご自身のため、そしてご自身の相続人となる親族の方のために、相続した不動産の所有者名義をご自身名義へと速やかに変更しておくことをお勧めします。

 

※本記事は、『円満相続をかなえる本』(幻冬舎MC)より、一部を抜粋、再構成したものです。

 

 

森田 努

一般社団法人さいたま幸せ相談センター 代表理事

不動産鑑定士

本記事は、2017年9月22日刊行の書籍『円満相続をかなえる本』(幻冬舎MC)より一部を抜粋したものです。最新の税制・法令等には対応していない場合がございますので、予めご了承ください。

円満相続をかなえる本

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石川 宗徳,森田 努,島根 猛,佐藤 良久,近藤 俊之,幾島 光子

幻冬舎メディアコンサルティング

「対策が難しい相続」に悩む人に向けてプロフェッショナルが事例とともに分かりやすく解説。大切な資産と人間関係の守り方教えます! 「相続登記と遺言を行なうメリットってなんだろう?」「相続した不動産、売るべき?売ら…

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