多摩ニュータウンの地主たち、せっせと節税に励む?
【事例】Gさん・70歳
借金=相続税対策という勘違いを払拭し、既存不動産への再投資を実施
東京は多摩に住んでいるGさんという方からの相談です。多摩丘陵といえば日本最大のニュータウンとして有名な多摩ニュータウンがある地域ですが、開発前は緑豊かな地域だったこともあり、今でも農家で地主さんという方が多く住んでいます。
Gさんも農家でしたが、話を聞くと自分を含め周辺の知り合いの方の多くが、昔から相続税対策として、所有する土地に賃貸アパートやマンションを建築してきたそうです。またニュータウン開発の土地収用に対する代替えとして、多摩に限らず長野、山梨、千葉など全国各地の賃貸不動産を斡旋され購入、所有している方も多くいました。そして近年、返済も落ち着いてきて節税効果も薄れたところで、また節税対策を講じるという動きが活発になっているそうです。
Gさんも借り入れの返済がほぼ終わっている賃貸マンションを1棟、多摩に所有していましたが、「相続税対策のために新たに借り入れをして、現在未活用の土地に不動産を建てたい」というのが今回の相談内容でした。
Gさんが所有する未活用の土地は1億円もの相続税評価額で、その土地に建物を建てるつもりでいました。そこで1億円の借り入れをして賃貸マンションを建築した場合、どの程度の節税になるかをシミュレーションすることにしました。
まず、金融機関から1億円を借り入れして賃貸マンションを建築します。相続税の計算上、建物は固定資産税評価額を用いますが、それは建設費のおおよそ50%になります。つまり建築費に1億円かかっていても、建てた時点で半分の5000万円の評価額まで下がるのです。さらに賃貸用建物ですから借家権割合の30%を控除して約3500万円の評価額×賃貸割合になります。
この場合、土地も貸家建付地に該当し、評価減となります。決められた方法で計算すると、1億円の評価額が約8000万円まで下がります。建物3500万円、土地8000万円、合計1億1500万円です。土地の1億円と借り入れの1億円で計2億円の評価額の資産があったところを、1億1500万円まで圧縮することができたので、8500万円が評価減となっています。
8500万円だと相続税率が30%であれば、単純計算で2550万円の節税です。40%なら3400万円、50%なら4250万円もの節税です(借入金の債務控除は考慮しない)。
一気に数千万円単位の相続税を節税できることがわかり、Gさんも賃貸不動産を建てることに、より前向きになりました。
しかし、Gさんももう70歳です。これから新しいマンションを建てることによるリスクを負う必要があるかどうかも含めて、しっかりと検討してから判断する必要がありました。しかも元から所有している多摩のマンションも築30年近く、設備の至るところに劣化が見られ近年は入居者も減少。賃貸経営がうまくいっているとは思えない状態で、どうにかしなければならないことは一目瞭然だったのです。
問題点1:借金=相続税対策だと勘違いしている
新築マンションはリスクがあるにもかかわらず、Gさんが賃貸不動産を建てることに前のめりである理由を聞くと、借金そのものが節税になると勘違いしていたことがわかります。借金をすれば相続税の節税になるから、借金をするために賃貸不動産を建築する、という考え方をしてしまっていたのです。
借金をしさえすれば相続税対策になると考えている人が今でも数多く存在することには驚かされますが、これは明らかな間違いです。なぜ間違っているのか、1億円の現金を持っている人を例にして、借金をした場合としなかった場合で考えてみましょう。
まずは、所有する1億円の現金を使って建物を建てた場合です。ここでは5000万円評価減したとすると、財産は5000万円の建物だけになります。
一方で、1億円の現金を所有していても、使わずに1億円を借り入れして建物を建てた場合、建物は同じように5000万円まで評価額が下がります。現金1億円は使わずにとってありますが、借り入れの1億円があるので資産は実質的に相殺され、評価として残る財産は5000万円の建物だけです。
どちらもプラス評価として残るのは5000万円の建物だけです。つまり、借り入れしてもしなくても相続税評価額は同じ結果になるのです。もともとの1億円が5000万円の評価まで下がったのは、あくまで現金を建物に換えたからであって、借金をしたからではないのです。なぜ借金が相続税対策だと信じ込んでいるのか。
それはハウスメーカーや建築会社から「借金をして建物を建てれば相続税対策になりますよ」という噓の営業トークを受けたり、バブルの頃のイメージを引きずっていたりすることが原因だと考えられます。バブルの時代は、マンションなどはいくら建てても不動産の価値は上がる一方でしたし、入居者に困るということもなかったので、いくら借金しても損をすることはありませんでした。その当時の感覚を引きずってしまって「借金して賃貸不動産を建てれば何とかなる」という間違った常識にとらわれているようです。
これはGさんに限った話ではありません。多くの地主さんが借金イコール節税になるという誤った認識をしています。多摩丘陵でも多くの地主さんが不動産を建ててきたのは、その勘違いからと言っても過言ではありません。
Gさんは、そんな勘違いから不動産を建てることだけに目がいってしまっていました。しかし借金そのものは節税にならないわけですから、不動産を建てることに固執する必要はなく、もっと他にやるべき相続税対策がないかを考える必要があったのです。
問題点2:新築マンションを建築するリスク
新築でマンション等を建てるとしたら、借金するかしないかは別として、その後の賃貸経営次第では、財産そのものを減少させてしまうリスクを伴うことは頭に入れておかなければなりません。現金を建物に換えることで評価減にはつながりますが、評価と同時に価値まで下げてしまったのでは本末転倒です。
賃貸不動産等を建てたら、うまく賃貸経営をして、ある程度の利回りを確保する必要があります。月々の借金の返済があれば、毎月それを上回る家賃収入が必要ですし、固定資産税を支払っても赤字にならないようにしなければなりません。さらには、5年後10年後になれば修繕が必要な箇所も出てきますから、別途それに対する積み立てもしておく必要があります。
このようなキャッシュフローがうまく確立できればいいのですが、今のご時世で成り立たせることは並大抵のことではないのです。
建てた当初は新築ということから入居者も集まりやすくなっています。ただし何年かすれば当然新築ではなくなるので、そのメリットはなくなります。そこからその賃貸不動産の真価が問われることになりますが、よほどの強みがあるか、緻密な戦略のもとに建てられた不動産でない限り、入居者はなかなか集まりません。
昨今では空室問題も全国的に顕著になってきているぐらいですから、具体的なプランもなしに借金を作るためといって賃貸不動産を建てても、うまくいくことはありません。また、Gさんの場合は、もともと所有している未活用の土地ですから、立地は選べません。本来、賃貸不動産というのは立地が最重要です。駅からのアクセスがよくなければ人気は出ないからです。駅から遠いマンションと近いマンションだったら、誰もが近い方を好むはずです。
遠くても家賃が低いとか、面積が広いとか、デザイナーズマンションで凄くお洒落であるとか、よほどプラスとなる要素が売りになる物件なら人気は保てるかもしれませんが、それはそれで地域性を考慮していなければいけませんし、初めから家賃を低くするようなことはその後の利回りを考えても良いことではありません。
しかも、現在では利便性が重視される傾向が強いですから、駅から遠くて賃料が安いところよりも多少賃料が高くても駅に近いところが選ばれやすくなっています。昔から持っている土地をなるべく活かしたいという気持ちはわかりますが、その土地の周囲の環境を綿密に調査した上で判断しないと、賃貸不動産に適していない土地に無理やり建ててしまうということが起きてしまいます。
問題は、このようなことを説明しても、昔から行われてきた方法を信じて疑わない方が多いことです。実際にご年配の方の多くは、直接これらの事実をお伝えしてもなかなか理解してもらうことが難しく、結局、失敗してローンを支払えず財産を減少させてしまっている人も少なくないのです。
解決策:低コストで価値をアップするリノベーション
Gさんが持つ土地を調べたところ、駅から徒歩20分近くかかるような立地であることや周辺の状況から考えて、マンションを建てるには不向きだと判断しました。そこで、Gさんには、借金=相続税対策でないということをわかってもらえるまで何度もお伝えして、借金して賃貸不動産を新築することを諦めてもらいました。そこで、別の対策を行うことを考えます。考え方としては、今すぐ大きな節税効果を狙うのではなく、今のGさんの状況から最も適切な対策を講じることです。
私たちが着目したのは、未活用の土地ではなく、Gさんが既に所有していた築30年近いマンションでした。そのマンションは借り入れこそ少なくなってきていますが、空き室が多く、収支も良い状態ではありませんでした。このまま所有しておいても、赤字で資産を減らすだけの不良資産であり、誰も相続したがらないと考えたからです。不良資産を整理、処分するというのも、相続対策では重要なことです。
提案したのはリノベーションです。これはつまり、所有物件に対する再投資です。老朽化した不動産の内外装をリノベーションすることで、周辺の新築物件、築浅物件との競争力を上げ、入居者の確保につなげます。それによって賃貸収入を増やし、収支の改善が期待できます。すると現金は蓄積しますし、高い価格で売却できる可能性も高まります。
現金の蓄積は相続税額の増加につながるため節税対策とは真逆に思えますが、現金があれば納税資金や遺産分割で活用できるので、相続対策として広く考えれば悪いことではありません。また、日頃の生活資金を確保する、というのは相続対策をしなければならない不動産所有者の基本原則です。相続対策が既にすべて完了しているならまだしも、まだ解決していない問題がある場合には、現預金は代償分割や納税資金として至るところで有益な働きをしてくれるからです。
あまりに現金の増加が大きくなったら同時に生前贈与などを検討することもできますし、リノベーションした建物そのものを贈与等で次世代へ移してしまえば、Gさんの現金の蓄積を防ぐことも可能です。現金が相続人に移れば納税資金対策にもなります。節税しなくても、納税資金が確保できさえすれば、それはそれで円満な相続になるのです。
リノベーションは大規模な改修工事にはなりますが、どこまでやるかはクライアントの希望で金額を調整できますし、一から作るわけではないので新築よりかははるかに低コストで済みます。1000万円、2000万円で改装できるところまでやるといった考え方もできます。また、同じ借金をするにしても新築とは異なり、無用な借入金を抑え、また返済総額を減らすことが可能です。
さらに、既存建物ですから今までの実績が出ており、オーナーや管理会社はそれらの情報を蓄積させています。こういうお客さんが多い、こういう要望が多い、必要なのは○だ、という地域特性が見えてきていますから、それらを反映することでリノベーション後の入居率が格段と違ってきます。情報があるほど、新規顧客獲得も想定できて、リスクが低くなるということです。
Gさんには今回のケースでのリノベーションが、節税面のみならず相続対策としていかに効果的でいかにリスクが低いかを説明したところ、思ったよりも簡単に納得してもらいました。相続対策にはいろいろな方法があり、そこから最も適したものを選ぶ必要があります。ただ単に借金を増やせばいい、と考えているだけでは決してリノベーションのような選択肢には辿り着かなかったでしょう。正しい知識を持って、適した対策から行っていくことが必要なのです。
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